5 映画 銀幕に酔う

邦画『剣岳 点の記』

蘇る記憶 35年前の登頂 錫杖の記事

 (木村大作監督、公開2009年6月)

 ぼくの記者初任地である富山と剣岳で、この映画の撮影が1年ほど前から進んでいたことは新聞で知っていた。

(▲1982年4月2日付北陸中日新聞朝刊)

 その剣岳にぼくは富山赴任中の1983(昭和58)年ごろ、後輩記者と二人で登ったことがあった。しかも、映画の中心となる陸軍測量部が1907(明治40)年に初登頂”して頂上で見つけた「錫杖」のことでは、社会面トップ記事を書いた記憶が鮮明に残っていた。

 その錫杖は修験者のものだった。彼らが陸軍よりも先に修行の一環としてあの山に登っていたことを示していた。ぼくが富山県庁担当だった1982年4月、その錫杖が富山に里帰りするという発表の予定が記者クラブに張り出された。

 予備知識がなかったので、事前に新田次郎の名作『剣岳 点の記』を読んだ。正式発表にもとづいて1982年4月2日の朝刊に長めの記事を書いた。各紙でもっとも大きな扱いになったと記憶している。

 さて肝心の映画である。ぼくの期待が膨らんでいたためもあるのだろう、少し不満が残った。

 最大の売りだった高地での撮影場面は、それほどの劇的には見えなかった。生身の人間の臭いが長次郎(香川照之!)を除くと弱い気がした。登頂の後の錫杖発見のシーンにもっと意外性とドラマが欲しかった。

 それとあのベレー帽の新聞記者。いかがわしさがぷんぷんしている。いかにも嫌われ者という感じ。観ていて悲しくなった。当時の記者は本当にあんな風だったのだろうか。

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