7 催事 肌感で楽しむ

「秘仏」に触れる…善光寺の御開帳

7年に1度 深遠と素朴 回向柱に人間味 

 (長野市、2022年6月21日)

 長野市の善光寺を6月21日に訪れ「7年に1度の御開帳」を初体験した。4月に建立された回向(えこう)柱に手で触れ、「善の綱」を通して「前立(まえだち)本尊」と縁を結ぶことができた。残されている歴代回向柱の最古参は”70歳の同級生”で、朽ち果てた姿には豊かな時の刻みと達観を感じた。本尊の深遠な「絶対秘仏」は、素朴な手触りのなかで、参拝者の身近な物語へと転じているに違いない。

■主役の柱に梵字と「善の綱」

 壮大な山門を抜けると、石畳の参道の真ん中に主役の回向柱がすっくと直立していた。御開帳のたびに松代から切り出されてきて、ここに建立される。

 およそ45cm角で、高さは10mほど。上側にサンスクリット語が書かれている。空、風、火、水、地を意味するそうだ。

 梵字と漢文の間に、白い布でできた「善の綱」が結びつけてあり、その布は奥の本堂へと延びている。パンフにはこう書いてあった。

 白い布は本堂で五色の糸へと変わり、さらには金糸となって前立本尊の右手中指につながります。そのため回向柱に触れることは、前立本尊に触れるのと同じ功徳があるとされています。

 列にそってゆっくり進み、前の人にならって少し身を乗り出し、右の掌を柱の角に軽く押しつけた。住所と名前をつぶやく。柱建立から80日、多くの人が触れてきた角部は少し肌色に変色し、庶民の切実な願いが積み重なっていた。

■「絶対秘仏」と「前立本尊」

 回向柱に触ったあと、空中を伸びる布に沿って本堂へ歩を進め、前立本尊にお参りする列についた。パンフにはこんな記述もある。

 善光寺本尊の「一光三尊阿弥陀如来像」はインドで姿を現し、百済へ渡り、欽明13(552)年に日本に渡ったと伝えられています。その約100年後に「絶対秘仏」となり、以降はだれも目にした人はいません

 御開帳で姿を見せるのは分身仏である前立本尊で、ふだんは御宝庫に安置されています。7年に1度の御開帳の期間だけ内々陣に遷され、開帳されます。

 ぼくの目は「だれも目にした人はいません」に釘付けになった。「分身仏」とされる前立本尊も思ったほど大きくはなく、15mほど離れたところからしか拝めなかった。

 でも前立本尊はさほど遠くには感じなかった。ついさっき回向柱に触れ、善の綱が本堂に向かっているのを見て「つながった」気分になれていたからだろう。邪気なく家内安全をお願いできた。

■本尊真下に回廊 錠前に触れ結縁

 もうひとつの見どころは「お戒檀巡り」だった。内々陣の下へ階段で降り地下回廊を一周する。ひとりが通れる幅しかなく、灯りも少なくてかなり暗い。

 壁にそい右回りに進むと、半分すぎたあたりで右手が大きな錠前に触れ、じゃらじゃらと音がした。御本尊の真下にあたり、錠前に触れると「結縁」がかなうという。

 なんという素朴さ、わかりやすさだろう。最初に「絶対秘仏」とか「一光三尊」ときくと深遠な宗教世界を想い描いてしまうし、真の本尊は「だれも見たことがない」。けれど7年に一度だけ本尊と布で結ばれた回向柱に触れることで、あるいは本尊の真下にある錠前に触わることで、如来さまと縁を結ぶことができる。

■残された歴代の柱 朽ちて刻む年月

 善光寺への参拝は3度目、御開帳は初めてだった。今回の御開帳はコロナ禍のため1年延期され、ことし4月に始まっていた。

 ぼくも妻も次の7年後に参拝できるかわからない年代になった。ことしの御開帳は6月30日まで。現地にお住まいの親せきご夫妻からお誘いを受け、閉帳まで10日と迫った21日に妻と訪れたのだった。

 誘ってくださったご夫妻の案内で立ち寄ったのが「歴代回向柱納所」。過去10回の回向柱を残し、地面に並べて立ててある。いちばん古いのは70年前になる。

 どの柱も風雨にさらされ朽ちつつあった。文字はどんどん読めなくなり、中心部は腐って空洞化している。上側の腐敗部分を少しずつ切り落としているのだろう、柱の高さは年代順に低くなり、いちばん古いのは1mにも満たない。もうすぐ土に還るのだ。

高さ1m  70年前の”同級生”にも触れた

 ぼくは前日に70歳、古稀になっていた。高さ1mほどに縮こまった柱は、ぼくが生まれたころに開かれた御開帳の回向柱だったのだろう。その年には何万人もが触って、後利益を願ったのだろう。

 つまりぼくは”同級生の回向柱”にここで初めて会い、初めて触ることができた。朽ちて空洞化した姿をながめながら、豊かでいとしい時の刻みを感じていた。

■遷宮の潔さ 御開帳の人間味

 朽ちつつある柱を見ながら伊勢神宮の遷宮も思い出していた。20年に1回、古い本殿をきれいさっぱり解体し、すぐ隣に同じ本殿を作り直す。前回2013年に関連行事「お白石持ち」に参加させてもらい、白石2個を新しい神殿のわきに置いてきた。そのときの体験記にぼくはこう書いた。

  そこから見上げた神明造りの素木の本殿は神々しく、美しい。みんなが持ってきた石で周囲が少しずつ敷き詰められていく。だれも近づけない神々しさ、そして素朴な庶民の参加。このふたつの自然な融合がなんとも心地よかった。

 善光寺の御開帳は7年に1度だが、構図は似ている気がする。「だれも見たことがない絶対秘仏」の深遠さと、布で本尊とつながる回向柱に触れる行為で縁を結ぶことができる素朴さが同居している。柱に書かれた文字も、筆を握った方の人間味がにじみ出ている。

 お伊勢さんの古い神殿の跡はそのまま新本殿の場所にするため20年空けてある。善光寺さんは回向柱を境内に残し、年月とともに朽ちていく様を参拝者に隠すことなく見せている。伊勢の潔さ、善光寺の人間味…。どちらにもぼくは心惹かれる。

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