1 ゴルフ 白球と戯れる

茫漠に宿る豊穣…全英オープンTV観戦記

聖地の魔力 たぐいまれな融合

 ことしで150回目の全英オープンゴルフが7月14日から17日までスコッランドのセントアンドリュース・オールドコースで開かれた。フェアウェイは硬くて微細にうねり、ラフの草や低木は伸び放題。しかも垂直な壁のバンカーが地雷のように点在し、ボールが舗装道路に止まってもそのまま打つしかない。すぐわきには歴史的建造物が建ち並んでいる。生まれたままの茫漠たる大地と人の豊かな営み、球戯の公正と理不尽のたぐいまれな融合…。7年ぶりに会場になった「憧れの聖地」の魔力をテレビ中継であらためて味わった。
 (①~⑨の写真はテレビ朝日の生中継を録画再生して撮影した)

■「蓄積」へ放つショット 完璧なカメラ位置

 時差の関係でテレビ中継は深夜から未明だったから、大半は翌日に録画を再生して観た。気に入ったシーンは録画を止め、静止画面をiphoneで撮影した。

 録画画面を前後させながら感心したのが、カメラ位置の完璧さ。現地撮影クルーのコースを知り尽くしているという確信と誇りに満ちていた。

 表紙の写真①は、最終18番ホールのティーの後ろから、選手の第1打をズームでとらえている。正面の右側半分には巨大な臨時客席と古い建物が写っている。その左上の空の部分には、ホール番号や選手名とスコアなどの情報ボードがきれいに収まっている。

 さすがと舌を巻くのが、オールドコースの象徴である名物の橋「スウィルカン・ブリッジ」も下左にきちんと入っていること。伝統と現代技術、さすがの融合である。

 写真②の17番は「世界で最も有名なpar4」と森下アナウンサーが繰り返していた。最大の理由は、ティーとフェアウェイの間にホテルの付属施設が突き出ていて、選手はその建物の屋根の上へ打っていくからだろう。

■自然の起伏と草 歴史的街並み 

 このコース、遠目や鳥の目からは荒涼とした平坦地にみえる。しかし目をこらし、カメラが選手目線に近づくとまったく違う。そこかしこに起伏があり、完全に平坦なところなどないに等しい(写真③)。自然が作った形そのままだという。

 ラフはもっと荒涼としている。フェアウェイから少し離れると伸び放題だ(写真④)。もっとやっかいなのはゴースと呼ばれる低木。中に入ると、刃先がちくちくと刺してきてボール探しもままならないと解説の丸山茂樹氏が何度も話していた。

 そんなコースの向こうに時々、古い街並みもみえた(写真⑤)。教会の尖塔、集合住宅の切妻屋根、上げ下げ式の縦長窓と白い木サッシ…。暖炉の煙突もある。

大学と宗教とゴルフが混然一体

 セントアンドリュースは大学と宗教とゴルフの街で、このコースの原型は1552年にさかのぼる。日本だと戦国時代だ。教会や大学、宿泊の施設が近郊の土と石と木、意匠を引き継ぎながら増改築を繰り返してきた。18番グリーンは古い建物に囲まれている。

 最終日の最終組が18番グリーンに上がると、観客がなだれ込みグリーンをとり囲んだ(写真⑦)。このコースは、地元市民にも世界のファンにも開放されたパブリックである。関係者も観客も「自分たちの財産」と感じていることを如実に伝えていた。

 この全英オープンもその豊穣な蓄積の上にある。それは海外からやってきた選手たちにもすぐ伝わる。だから「聖地」なのだ。 

■バンカーの理不尽…受容の愉しみ

 このコースのもうひとつの大きな特色は、バンカーだろう。周囲の壁がひとの背ほどもあり、しかも垂直に切り立っている。鍋のようなので「ポット」の名がある。ぼくがふだんプレーしているコースのバンカーの壁はそんなに高くないし、壁に近いところの砂は斜面になっていて、その傾斜はきつくても45度までだ。

 17番のグリーンわきにある「ロードバンカー」には垂直壁に固定カメラがはめ込まれていた。1978年に中島常幸選手が脱出に4打を要して首位を逃し「トミーズバンカー」の別名がつけられた話は、すでにこのコースの歴史の一部になっている。

 その17番、写真⑧のシャフリーは昨年のマスターズで松山英樹選手と死闘を演じ、東京五輪で金メダルを取った男。なんともしぶくて、ぼくの大好きな選手だ。彼はこのピンチ、なんとか壁側にスタンスを取れたのでピン方向へ脱出できた。

 もし彼のボールが壁のわきに止まっていたら、スイングすら難しかった。わざと壁にあてて砂の真ん中へ跳ね返らせるか、ピン反対側に出すしかなかったかもしれない。

 こんなバンカーがフェアウェーの真ん中にあるホールもある。打つ場所からはラフや傾斜に隠れて見えないことも多い。

 つまり、その日の最高のショットをしたのに、落下地点にいったらボールはバンカーに入っていて、しかも垂直の壁に張りついている、ということがままあるらしい。

 それがもしぼくなら、思わずつぶやくはずだ。こんな理不尽があっていいのか…。でも、人生もそうじゃないかとスコットランド人は考えてきたのかもしれない…。ぼくはやがて気を取り直し、サンドウェッジを握って鍋に降りていき、脱出策を変え出す…。そのあたりで理不尽は、深い愉しみへと変質しているだろう。

■人工の舗装道路も「あるがままに」

 この17番にはもうひとつ名物がある。グリーンすぐ奥の舗装道路。かつては電車が走っていた。ボールがそこに止まっても、そのまま打てというルールだ。アイアンでボールを上げるには限界があり、下手するとホームランになるし、クラブには傷がつきやすい。

 写真⑨のスピースはパターで強く転がした。ボールはラフと土を過ぎて、斜面を転がりあがり、ピンの奥2mに止まった。松山は初日、道路上からアイアンでランニングさせてオンさせていた。

 17番コースの愛称はすばり「ロード」である。わきのスタンドは人気席だとテレビは紹介していた。人工物がいかに理不尽な状況をもたらそうと「あるがままに」―。ここではゴルフの原点を選手も観客も潔く受け入れ、愉しんでいる。470年の歴史とスコットランド魂がそうさせているのだろう。

■憧れのリンクスへいずれは

 ぼくはこれまで、セントアンドリュースを含む英国のリンクスコースについて、テレビ中継はもちろん、何冊かの本を読み、映画も観てきた。そのさいの書評や映画評をこのサイトにも収録し12本に「リンクス」のタグをつけている。下の写真は本の一部だ。

 山口信吾氏の著作タイトル『定年後はイギリスでリンクスゴルフを愉しもう』はこの15年、ぼくの夢になってきた。イメージはこんな感じだ。

 ・中心地エジンバラに何か月か滞在しまず街暮らしを楽しむ
 ・ときどき車を借りスコッランドのリンクス巡りの旅に出る
 ・コース近くに泊りパブでビールを飲みゴルフ好きと語らう
 ・そのパブで翌日のプレー者か紹介者に巡り合えたら最高だ
 ・その体験を現地で書いてこのサイトに投稿したら次の街へ

 しかし2年前の退職後も夢は夢のままになっている。新型コロナの世界的な流行で、渡英そのものが難しくなってしまった。でもリンクスには470年もの歴史がある。3年や5年、なんてことはない。ずっと待っていてくれるだろう。ぼくの体力と気力と財力がなえない限りは…

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