1 ゴルフ 白球と戯れる

最終組と歩いた…東海クラシック観戦記

静寂 球音 弾道 どよめき…さまよう女神

 (愛知・三好カントリー俱楽部、9/29~10/2)

 プロゴルフのバンテリン東海クラシックを2日目から会場で観戦した。最終日の10月2日は最終組に張りついて、300人のギャラリーに交じって18ホールを歩いた。ざわめきは選手がアドレスに入ると瞬時に消え、打球音が静寂を切り裂き、美しい弧を描いた白球がグリーンに跳ねるとどよめきが起きた。優勝は地元出身の桂川有人選手(23)と飛ばし屋の河本力選手(22)の若手対決になり、「ゴルフの女神」は彷徨いながら、劇的な幕切れを用意してくれていた。

(▲3日目の9番グリーン奥から)

■最終日の最終組 ギャラリー300人

(▲練習グリーンの桂川選手)

 最終日の2日、ぼくが会場に着いたのは8時40分だった。1時間後にスタートする最終組のひとり、桂川有人選手がキャディーと練習場に向かうのとすれ違った。

 行き交う人から励ましの声がかかると彼は、笑顔と会釈で律儀に応えていた。「真面目そう」「優しい」「かわいい」。そんな女性の声が、ぼくのすぐ後ろから聞こえた。

 桂川選手は地元の清須市出身。元クラブチャンピオンのおじいさんからゴルフを教わり、高校はフィリピンにゴルフ留学し日本の通信制も卒業した。日大で活躍しプロで今春に1勝。全英オープンでは日本人最高位に入った。なにより、ひと懐っこく、素朴で律儀な感じにぼくは魅かれていた。

 しかも桂川選手は2位に4打差の首位で最終日を迎えた。練習場にいくと、彼のまわりにひときわ大きな人だかりができていた。

(▲最終日朝の練習場。ドライバーを打つ桂川選手と取り囲むギャラリー)

 最終組は3人で、2位は飛ばし屋として売り出し中の河本選手。もうひとりは5打差3位の池田勇太選手(36)。若手とビッグネームの組み合わせになった。

 3選手が1番ホールで第1打を打ち終わり歩きだしてから、ぞろぞろとロープの外から選手を追っていく人波を目算で数えたら、ざっと300人だった。ぼくの予想を超えていた。

■プロの技量と大観客 甘美な呼応

 プロの試合を実際に観たことは何度かあった。でもほとんどは最終日の午後に18番グリーンわきのスタンドにすわって、4日間のプレーの締めくくりを眺めていた。

 三好ゴルフ倶楽部のコースをラウンドしたことも何度かある。しかし今回初めて、特定の組に張りつき、ロープの外側から、プロのプレーを見つつ18ホールを歩いた。新鮮な驚きの連続だった。

(▲予選2日目の11番ホールで)

 <静寂>  300人が一斉に移動すると、話し声や足音が大きなざわめきとなって林の間を動いていく。しかし選手がアドレスをとると、みなピタッと動きを止める。鳥の声はそのまま続いている。人工的な静寂を選手とギャラリーが共有している感じが好きになった。

 <球音> 静寂から長くても5秒もすると、選手のクラブが白球をはじく音がギャラリーと林の間を抜けていく。その音質は、ぼくが所属クラブやアマの試合で聴いているのとまったく違う。ドライバーなら「グチャッ」とつぶれたような感じがした。アイアンなら「ピシーン」と乾いた透明感を感じた。

 <弾道>  これがアマのボールとの違いで最たるものかもしれない。ティーショットを真後ろから観ていると、選手が狙い通りの球を打てたと思えた時は、球は斜め上へと一直線に進んでいき、ぼくが頂点に達したと思えるとこからさらに少し伸びてから実際の頂点をむかえ、そこからかすかにドローなりフェイドしながら落ちていく。美しい。

 <どよめき>  そのショットがグリーン狙いの時は、白球がグリーンに落ちて弾んでからの数秒が白眉だ。転がってピンに寄っていく時まで静寂だが、ワンパットで入りそうな位置に止まるとわかると「おおー」「ナイスオン」の歓声が一斉に上がる。グリーン面が高い時は、選手は、この歓声で球の落ちどころを知る。

(▲予選2日目の10番グリーン)

 こうした選手と観客の呼応は、コロナ禍の無観客試合では消えていた。プロの凄い技に観客が感動し、それを声や拍手で伝える素晴らしさ。野球でもサッカーでもその「再発見」が進んでいる。

■飛ばし屋の醍醐味vsフェイドの底力

 最終組の優勝争いは、ホールが進むごとに若手対決の様相が濃くなった。桂川選手はアウトの半ばからボギーが先行し、河本選手との朝の4打差が徐々に縮まっていった。池田選手は伸ばせずにいた。

桂川選手 前半の潮目 8番パー3

 前半アウトの最大の潮目は、8番の230ヤードパー3だったろう。ぼくは真後ろの舗道上から観ていた。先に打った河本選手のアイアンはグリーン手前の花道にいった。

 6番と7番を連続ボギーにしていた桂川選手もアイアン。球は彼の想定通りにやや左へ出たように見えたが、本来のきれいなフェイドにはならなかった。逆にドロー系で飛んでいったようにも見えた。落ちた先は左のバンカーだった。

 そのバンカーショットも後ろの崖の上から見ていた。ピンに向かうグリーンはかなりの下り。エッジぎりぎりに落とさないと寄りそうもないと思っていたら、深く入りすぎてざっくりし、球はバンカーから出なかった。

(▲最終日朝、練習用バンカーの桂川選手)

 次のバンカーショットはピン下1m数十cmにつけたが、なんと、このボギーパットも外してダブルボギーに。河本選手と並んだ。

 このとき女神はあきらかに桂川選手から離れていた。原因はその前から、持ち前の「切れのいいフェイド」を打てなくなっていたことにあるように、アマのぼくには思えた。本人はきっと理由をわかっていただろう。

 河本選手、度肝の15番イーグル

 一方の河本選手は、圧倒的な飛距離と思い切りが武器だ。それが生きたのが15番の570ヤードパー5だった。

(▲試合のパンフレットから)

 同スコアの桂川選手のドライバーは、ここでもフェイドが足りずに左ラフに残ったため、第2打はアイアンで刻んだ。

 河本選手は桂川選手より50ヤードほど先まで飛ばしていた。右ラフだったが、アイアンで池越えの高い球を打った。球は、池とグリーンの間にある狭いラフに落ち、ピン手前2mほどについた。パットも決めて見事なイーグル。女神はここで河本選手に微笑み、パーに終わった桂川選手に一気に2打差をつけた。

 しかし女神の心理はわからないものだ。河本選手は16番の難関パー3で、グリーン右手前から寄らず入らずのボギー。17番もドライバーを右の林に打ち込んでボギーとし、そばにいた女神を自ら、あっさりと手放してしまった。

■18番グリーン 真横に並んだボール

 桂川選手も河本選手ともに12アンダー。これほど緊迫した形で最終18番を迎えるとは、4打差あった朝のスタート時はもちろん、15番で河本選手がイーグルを取って逆に2打差をつけた時も、まったく予想できなかった。

 緊迫の18番ティーは真後ろから観ていた。桂川選手はドライバーをしっかり振り切り、強く出た球は真ん中やや左の頂点から少しフェイドしていった。河本選手の球はもっと高く強く、やや右目に出ていった。ともに持ち球で、ギャラリーから喝さいが上がった。

 第2打は真横の林の中から見ていた。桂川選手が先にフェアウェイ真ん中からアイアンで放ち、池のすぐわきにあるピンの真後ろ、5mほどにつけた。池ポチャのリスクも考えると、快心のショットだったろう。一方の河内選手の第1打は25ヤードほど先だけど、深いラフにあった。この時点では、桂川選手有利と、ぼくは思った。

 河本選手はアイアンでまたも高い球を放った。球はピン左手前に落ちてから時計回りに回り込むように転がり、桂川選手の球の真横に止まった。球が止まりにくいラフと、もろに池越えのアングルを考えると、桂川選手と同じくらい快心ではなかったか。ぼくの位置から150ヤードほど先だから、ふたりの球はほとんど接しているように見えた。

■女神 最後は中立 ギャラリーに褒美

 ―こんなことが本当に起こるなんて。どちらが先に打つのか。先に打つ方はラインはわからないが、ねじこめれば重圧をかけられる。後に打つ方は、先に入れられれば重圧を感じるけれど、ラインはわかる。プレーオフも十分にありえる―

(試合終了後のリーダーズボード)

 最後のパットは50ヤードほど横の林から見つめた。先に打ったのは桂川選手で、わずかに右へ外れた。河内選手は、ラインがわかって自信があったのか、しっかり打ったように見えた。見事なバーディーで、劇的な優勝を果たした。

 帰り道でもぼくは「女神」の存在を考えていた。ふたりが第2打を打った時点では女神は、どちらの側にもついた。ボールがほぼ真横に並ぶと、女神は「さあ後は、純粋に勝負を楽しみなさい」と中立の立場に戻り、遠くで勝負を見守ったのではなかったか。

 高い技量のプロのプレーだからこそ見えてくるものがある。ともに歩いて球を追ったからこそ、感じられるものがある。きょうの18番の最後のシーンは、選手とともに6時間、1万5千歩を歩いたギャラリーへの、ゴルフの女神からのごほうびだったに違いない。

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