5 映画 銀幕に酔う

宗教2世のどん底と首相銃撃…映画『REVOLUTION+1』(完成版)

83歳監督の力技 構図と動機 信念のせ再現 

(足立正生監督、1月6日、シネマスコーレ)


 安倍元首相銃撃事件からおよそ半年の1月6日、山上徹也容疑者をモデルにした映画の完成版を観た。母が旧統一教会にのめりこみ家族が崩壊していく無残さや、容疑者がどん底でのたうちまわる様子、安倍元首相が教会に賛辞を贈る映像を見て狙いを定める流れはきちんと映像化されていた。監督は元日本赤軍メンバーの83歳。批判を恐れず、自らの信条も乗せて突っ込む老監督の力技も驚きだった。

■わずか2か月半 「国葬」にあわせる

 事件発生は2022年7月8日、国葬は9月27日だった。この映画は国葬の前日と当日に、50分の緊急版が全国17か所で公開された。

 元首相が銃撃されて死に、霊感商法が問題になった旧統一教会の信者二世が逮捕されている。捜査当局の口は重く、背景解明は容易ではないと思われるのに、足立監督は2か月半で映画を作り、国葬に公開をぶつけた。

 この映画作成のニュースを国葬前に聞いたとき、そのスピード感と大胆さにびっくりした。ただ緊急版は観にはいかなかった。きっと時間が足りずに中身は薄く、荒っぽい展開だろう、と推測したからだ。

■監督は「元日本赤軍メンバー」

 新聞やwikipediaによると、足立正生監督は1939年の生まれで、1960年代に映画監督として多くの作品を残した。1974年から日本赤軍に加わり、1997年にレバノンで逮捕されて3年の禁固刑を受け、2000年に日本に強制送還された、という。

 今回の映画には経歴をほうふつとさせる場面がいくつか出てくる。ひとつは容疑者が父の日記を読みながら回想するシーン。父は京大出身で、大学時代の仲間と麻雀をするのが愉しみだった。そのとき、麻雀仲間のひとりが1972年のテルアビブ空港乱射事件に参加したと知り羨望を感じていた―。

 あるいは隣の部屋の女性が容疑者を自室に誘う場面。容疑者が宗教二世とわかると、女性は「革命を夢みる男の二世」とやや自虐的に自己紹介する―。

 タイトルの『REVOLUTION+1』にも監督は自己投影しているだろう。容疑者は統一教会と自分の人生の「変革」を求め発砲した―。監督も「革命」を目指してきた活動の延長としてこの映画を撮った―。

■安倍氏はなぜ祝辞 祖父の呪縛か

 事件の容疑者が旧統一教会の信者二世と判明してすぐ、安倍元首相が関連団体の集会にビデオメッセージを送っていたとの報道が新聞に出始めた。そのビデオは、旧統一教会の関連NGO、天宙平和連合(UPF)が主催した2021年9月の会合に寄せられていた。

 安倍氏はこのビデオで「韓鶴子総裁に敬意」「家庭が大事、に共感」との趣旨の祝辞を述べたといい、ネットで公開されたという。この映画でもこのビデオは何度も流され、容疑者がパソコンで繰り返し見返していた。それでもぼくには疑問がいくつか残った。

 第一は、安倍氏はずっと韓国を嫌っていたのではないのか、という疑問だった。韓国政府や世論は従軍慰安婦や強制労働の問題で強硬姿勢を続けてきており、安倍氏は我慢ならない隣国と思っているように見えた。でも旧統一教会は、発祥の地も本部も、その韓国だ。

 さらに旧統一教会が日本では霊感商法や多額献金で長く問題を起こしてきたことを安倍氏やその周辺が知らないわけがない。集会の事前に弁護士団体が安倍氏に警告を発していたとの報道もあった。それでも安倍氏が関連団体に祝辞を送った理由が「家庭が大事、に共感」では弱すぎる。

 自民党と統一教会の関係は、祖父、岸信介元首相までさかのぼるとの報道も、安倍氏かビデオメッセージを送っていたことがわかってから流れ始めた。映画でも、容疑者が自室のパソコンで安倍氏の演説を見つめる場面では、奥の壁に、岸信介氏の写真が何枚も貼ってあった。

 それらの写真の中には、岸元首相が膝の上で孫の晋三氏を抱いて笑っている写真があった。さらに岸元首相が「反共」で共鳴したとされる、統一教会の創設者、故文鮮明とにこやかに握手している写真もあった。

 安倍元首相は最初の首相就任時から、祖父を強く敬愛し、祖父の夢を実現しようという思いが強いと評されてきた。憲法改正、反共、家族第一…。ビデオメッセージで祝辞を贈った最大の理由は「祖父の呪縛」だったのではないだろうか。

■「テロルの決算」山口二矢

(▲本棚の『テロルの決算』)

 映画を観たあと思い浮かべた事件と本があった。1960年10月12日の浅沼稲次郎刺殺事件と『テロルの決算』。ふたつの事件は、容疑者の名前がとても似ているのだ。

浅沼稲次郎刺殺 山口二矢(やまぐち・おと)
安倍元首相銃撃 山上徹也(やまがみ・てつ)

 『テロルの決算』はノンフィクションの金字塔になっている。事件から18年後の1978年に発表され、その年に新聞記者になったぼくも初任地の富山で読んだ。著者の沢木耕太郎氏はその後、あこがれのライターとなった。『無名』と『』はこのHPにも感想記を公開している。

 映画を観て帰宅し『テロルの決算』をパラパラめくっていたら、こんな記述が第二章の冒頭にあった。

 山口二矢を大日本愛国党に入党させる最も強力な引き金になったのは、兄の逮捕という突然の出来事だった。

 1959年の5月1日(メーデー)、労働団体は30万人集会を行った。愛国党も「亡国メーデー反対集会」を企画したが、メーデー側と遭遇した際に8人が逮捕され、兄はその一員だった。当時は60安保騒動の最中で、改定交渉を米国と進めていたのが岸信介首相だった。メーデー会場の様子を沢木はこう書いている。

  プラカードに描かれた似顔絵は圧倒的に岸信介のものが多かった。「ICBM戦犯号」にまたがる岸、アメリカ兵に頭を椅子がわりにされている岸、そして「月光仮面」にねじ伏せられている岸、と悪役としての岸信介の絵柄は豊富だった。

 安倍元首相は1960年の安保騒動の時、自宅外のデモ隊が叫ぶ「安保反対」の声を、縁側でくつろぐ祖父のわきで聞いていた、という話を読んだ記憶がある。半世紀を隔たふたつの事件は、容疑者の名前だけでなく、もっと深いところでつながっている気がする。

■来週にも起訴 いつ公判 何を語るか

 山上徹也容疑者は昨年7月8日、奈良県警に現行犯逮捕された。2週間の取り調べの後に奈良地検は22日、精神鑑定を受けさせるための鑑定留置に移している。報道によれば、地検は罪に問えると判断して1月13日までに殺人罪で起訴するとみられている。

 容疑者が動機についてどんな供述をしているか、県警や地検はメディアには最低限の説明しかしていないとみられる。元首相と統一教会がからんでいるので当然かもしれない。鑑定留置も政局への影響を最低限にしたいとの検察の判断があるように思う。

 公判が始まれば、旧統一教会への恨みや、安倍元首相を標的にした理由について、容疑者が公開の場で、しかも自分の言葉で語る機会が与えられる。足立監督が映画で試みた再現がどのくらい的を得ているかは、それを聞くまでわからないだろう。

 この事件、発生からまだ半年しかたっていない。何人ものジャーナリストや映画人がいまも地道な背景取材を続け、公判を待っているだろう。ていねいな取材と心の襞にまで分け入る文章や映像で、容疑者やその家族、安倍元首相や周辺の政治家たちの真情を明らかにしていってほしい。

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