<▲終演直後のステージ。ピンポン球が卓球台のまわりに散乱している>

日本で3度目 圧巻のフィナーレ

 なんともはや、あの30分の驚きをどう表現したらいいのか、いろんな言葉がピンポン球となって頭のなかを飛び跳ねている。最前列の卓球台で男女がラリーを繰り広げて、白球が軽快な音を響かせていく。独奏者がバイオリンと打楽器でそれに応え、背後のオーケストラが大音響をかぶせてくる。この協奏曲は初演からまだ11年で、日本での演奏は3度目。籠いっぱいのピンポン球を卓球台にぶちまけるフィナーレには、のけぞってしまった。交響楽って、こんなにも自由になれるのか。
 (名古屋フィルハーモニー交響楽団、2026年8月7日、日本特殊陶業市民会館)

舞台に卓球台 初演から11年目

<▲写真① パンフの曲目説明>

 パンフによると「ピンポン協奏曲」の原題は『リコシェ』。バイオリンの弦の上で弓を弾かせる奏法をさす。米国の作曲家アンディ・アキホ(1979~)が2015年に作曲した(写真①)。中日新聞は事前の紹介記事で「名フィルによると日本での演奏は3度目とみられる」と伝えていた(写真⑦)。

 ぼくと妻の席は3階の最前列だった。席に着き舞台を見下ろすと、オケ席の前に幅8mほどの広い空きがあった。1階席の前から7列には客がいない(写真②)。「ピンポン協奏曲」は後半に予定されていて、前半のプログラムはその状態のまま演奏が始まった。

<▲写真② 開演前の舞台。オケ前に空き。前7列にも客はいない>

 前半が終わり、トイレ休憩から戻ると、案の定、舞台の最前列に卓球台が置かれていた。ピンポン球をいっぱい入れたカゴもふたつ(写真③)。パンフの警告「ピンポン球 飛来注意!」の意味はこれだったのか―。わくわくしてきた。

<写真③ 後半開始前の舞台。休憩中に卓球台が運び込まれていた>

バイオリンと打楽器のソロ

 後半の「ピンポン協奏曲」は、石上真由子さんのバイオリン独奏で始まった。ぼくはバイオリンには触れたこともない。それに遠目だから自信はないけれど、曲名『リコシュ』の通り、弦のうえで弓や右手を弾ませたりしているように聴こえた。音色は不思議な彩(いろどり)をともない、音階はときに不穏さも漂わせていく。こんな曲、ぼくは聴いたことがない。

  <▲ 写真④ 指揮者とふたりのソリスト略歴=名フィル公式HPから>

 しばらくすると、名フィルの打楽器首席奏者、ジョエル・ビードリッツキ―さんが卓球台をスティックでたたき始めた。序から破へ、破から急へ。変幻自在のリズム、こちらも変わった音色だ。指揮台の横に特設されたコーナーに移ってからは、もっと予測不能になった。終演後に舞台わきから見ると、彼が叩いていたものの中には、ワインの瓶や鉄の鍋、陶器の鉢もあるようにみえた。

 ソリストふたりのかけあいは、フリージャズのアドリブ合戦のようにも聴こえた。しかし指揮者の大井剛史さんは、軽妙な曲目紹介のなかで「楽譜には、けっこう細かく指示が書いてあります」と話していた。パンフにも「厳格なテンポで跳ねまわり」とあった。

ピンポンラリーで佳境に

<▲写真⑤ 卓球ソリストのふたり=公式HPから>

 ソリストふたりの独奏が5分ほど続いたあと、舞台に卓球服の男女が登場してきた。左手から水戸博之さん、右手から森さくらさん。すぐに卓球台をはさんでラリーを始める(写真⑤)。

 パンフやHPによると、水戸さんは若手の指揮者で、7歳から卓球に親しんできた。森さんは2014年世界卓球選手権の女子団体銀メダリストだ。

 ピンポンの白い球が、あの軽快な音を響かせながら、ふたりの間を行ったり来たりする。その音と動きは、バイオリンや打楽器の音だけでなく、ソリストの動作やオーケストラともからみ、響きあい、ときにすれ違ったりする。

 ピンポン球がネットにかかったり、オーバーしてラリーが途切れることもしばしばあった。卓球ソリストは動じることなく、瞬時にポケットから予備球を取り出し”演奏”を続けていく。ハラハラしている自分に気づき、可笑しくなった。

<▲写真⑥ 終演直後の舞台。森さくらさんの”ラケット”にはワイングラスも…>

 しかも卓球ソリストたちは、ラケットをタンバリンに変え、さらにはワイングラスや銅鑼らしきものに持ち替えていく(写真⑥)。それだけではない。大きな太鼓が卓球台に置かれ、ラケットで放った球を太鼓の面に当てて「ボーン」音も重ねていった。わざと客席に向けて大きく打つことも。

最後はピンポン球ぶちまけ

 圧巻はフィナーレだった。楽器のソリストふたりがピンポン球がいっぱい入った籠をひとつずつ持ち上げ、卓球台の上に同時にぶちまけたのだ。

<▲写真⑦ 7月30日の中日新聞朝刊には、2年前の公演の様子が…>

 事前の新聞記事に過去の演奏時の写真(写真⑦)が載っていたので、予想はしていた。でも本物の舞台を前にすると、本当にやるの?と疑心案擬になった。球が飛び散った瞬間、ほかの観客とともに思わず「わおーっ」という声をあげていた。

 これぞ、正真正銘の「ぶちまけ」だろう。らくに千個はありそうな白球たちが台の上で一斉にはじけて飛び散り、多くは舞台に落ちていく。球たちは、あちこちで「カンカン」という音をたてて跳ねまわり、一部は客席へと転がり落ちていった。

コロコロ…フェイドアウト

 演奏の最後は、ピンポン球が転がるときの音のフェードアウトだった。散らばったままゆるゆると動いていた球の最後のひとつが、なかなか止まらない。かすかに「コロコロ」という音をたてながら、転がっている。

 ソリストが球をぶちまけた時の大歓声は、一転して鎮まっていた。最後の1球が転がる「コロコロ」という微音だけがかすかに聴こえていた。ぼくの目は最後の一球に吸い取られ、ぼくの耳はかすかな「コロコロ」音に集中していた。やがて球は動きを止め、音は消えて、30分の演奏が終わった。

 <▲写真⑧ 終演直後の舞台。握手を交わす楽団員たち、転がったピンポン球…>

曲目には『ラジオ体操』も

 このコンサートのタイトルは「はずむ ひびく 名フィル―ピン! ポン! スポーツフェスティバル」。小学生や中学生たちも楽しめるようにと企画された夏休みプログラムらしい(写真⑧左)。観客の3割ほどは、小中高生にみえた。

 <▲写真⑧ (左)パンフの表紙 (右)曲目リスト>

 前半の曲目に『ラジオ体操第一・第二』があると知ったときは正直、仰天した(写真⑧右)。夏休みには公民館で聴きながら体操をしたし、いまも毎日、NHKラジオやテレビでピアノ伴奏が流れている。聴くと自然に体が動き出す。日本人のDNAの真ん中にある。

 ずっと聴いてきたピアノ伴奏をオーケストラ演奏で聴けるとは思っていなかった。さらに指揮者の大井剛史さんが、演奏前の語りで「オケのメンバーには、どうしても体を動かしたい人がいます」としゃべり、楽団のなかから3人が前に出てきて「みなさんも一緒に」とスタンディングを求めだした。

 しかも指揮の大井さんは、演奏が始まるとタクトを振りながら、ラジオに出てくる指導役のように「腕を大きく前に上げて…」と胸元のマイクを通して客席に伝えてくれる。すると客席も半数ほどが立ちあがり一緒に体を動かした。もちろんぼくも立ちあがり、オーケストラ伴奏の”贅沢なラジオ体操”を楽しんだ。

手元にピンポン球ふたつ

<▲写真⑨ 終演後には、楽団員が子供たちにピンポン球を投げていた>
<▲写真⑩ ぼくと妻がゲットしたピンポン球>

 アンコールも終わったあと、子どもたちが舞台に近づき、転がっているピンポン球を拾っている様子が3階から見えた。なんと、楽団員も、舞台に残っているピンポン球を客席に投げ入れているではないか(写真⑨)。ぼくと妻も1階に降りて舞台に近づくと、ピンポン球をふたつゲットできた。

 いま自宅で、ふたつのピンポン球(写真⑩)をながめながら、これを書いている。舞台で跳ね転がる「カンカン」という乾いた音が「コロコロ」というかすかな音へとフェイドアウトしていったときの静寂がよみがえる。舞台から子どもたちに向かってピンポン球を投げる楽団の人たちのやさしい笑顔も。名フィルの挑戦を讃えたい。