才気ほとばしり あふれる気構え
(講談社、2025年1月20日発刊)
読む前はまず著者名に驚いた。直木賞作家が4人もいて、多くが40歳前後とまだ若い。なにより、ぼくも一度は読んでみたいと思いながら読めずにいた書き手ばかりなのだ。
読み終えたいま、もっと驚いている。10編は設定もジャンルも違うのに、引っぱりこむ力はみな強烈で、才気がほとばしっている。「物語の力」を信じる、プロの気構えにあふれている。能登の被災者の心にもしみ込んでいってほしい。

■印税と利益は能登へ
この本を知ったのは2月初旬、新聞の読書欄だった。能登地震の被災者を”物語の力”で支援しようと企画され、賛同した作家10人がそれぞれ1万語ほどの書き下ろし短編を寄せ、地震から1年後の1月に出版にされていた。
冒頭にはこんな説明がある。
【あえのこと】
<6ページ>
奥能登地域の農家に伝わる”田の神様”を祀り、
感謝をささげる儀式。
「あえ」は「おもてなし」を、「こと」は「祭り」をあらわす。
【あえのがたり】
10人の作家による、1万語のおもてなし。
新聞記事によると、作家の印税と講談社の収益は復興支援に寄付する。恥ずかしながらぼくは、震災被害に自発的に支援をしたことはこれまでなかった。この本は2000円。わずかでも支援に回ればと願いつつ、買い求めた。
■直木賞4人 発起・挿画は加藤シゲアキ
そんな意図もさることながら、ぼくがもっと驚いたのは、チャリティに応じた作家10人の顔ぶれだった。直木賞作家が朝井リョウら4人もいる。とくに今村翔吾、小川哲、佐藤究はここ数年の”ぴかぴか受賞者”だ。だけどぼくはこの4人を含めてどの作家も読んだことがなかったから、うれしくなった。

しかも、みんな若い。末尾の筆者略歴によると、いちばん上は1977年生まれの佐藤究で、もっとも若いのが1992年生まれの蝉谷めぐ実。あとの5人は1980年代後半で、平均すると40歳ちょっとだろう。

本にはさんであった「特別鼎談」で、加藤シケアキは自分が「言い出しっぺ」だと語っている。『なれのはて』が候補になった170回直木賞の選考会が能登地震直後にあり、「待ち会」にきていた今村翔吾に「被災者のために何かやりませんか」と声をかけたのが始まりだという。
その加藤シゲアキ、歌手や俳優としての露出も多い。ぼくが観たのはNHKドラマ『あきない正傳 金と銀』での呉服屋次男役だけだけど、この放映はちょうど直木賞候補に残っていたころで、表現への意欲が体の中からわき出てくる感じがあった。この本ではカバーの挿画まで描いている。こんな多才な表現者、だれ以来になるだろうか—。
■ジャンル多彩 歴史・青春・推理・SF
おさめられた10作は多彩だ。歴史時代小説もあれば、現代的な青春小説もある。極上のミステリーもあれば、SF的な要素が強い作品もある。能登半島や石川県、あるいは地震を背景にした物語もあれば、能登とは無縁のまま終わる物語もある。
それぞれの作家が、自分がもっとも得意とする舞台を設定し、自分の好きな文体で「おもてなし」の物語をつづっているのだ。

それなのに、どの作品でもぼくは、最初の数行を読むだけで、筆者が設定した世界に引きずり込まれていた。そのまま身をゆだねていると、予想もしない次元に引き上げられていた。
しかも「物語の力」を信じる作家の信念と自信が、どの作品からも、伝わってきた。趣旨に賛同し、自分ができる形で精一杯、被災者に届く物語を書きたい―。そんな気構え、プロ意識とでも呼ぶべき大事なものが芯に流れている。
■とくに好きな3作を選んでみた
そんな10作品のなかでも、ぼくが個人的にもっとも好きな3作を登場順に並べると―
今村昌弘『予約者のいないケーキ』
「能登の根っこ」にあるパティスリーで、サプライズ誕生ケーキの注文客の名を聞き逃してしまった…

蝉谷めぐ実『溶姫の赤門』
加賀藩主への輿入れが迫る徳川の姫は、藩の懐具合を露骨に懸念する取り巻きの声を気に病んでいる…
今村翔吾『夢見の太郎』
能登半島のとある村の太郎は「夢」の中身を主に問われても漏らさず、怪しまれて海流しにされたが…
好きな理由ははっきりしている。まず3作とも設定が、能登半島や石川県に深く関係している。石川は妻の出身地で親戚も多い。しかもぼくの初任地はお隣りの富山だった。あの地震の前年には奥能登へも旅行していた。思い入れは強い。
好きな理由のもうひとつは、登場人物のやさしさだろう。ほかの作品からも感じられるのだけれど、この3作に出てくる人物たちにもっとも深く共感できたし、言動が染みた。あの言い伝えをまた、思い返している。
能登はやさしや 土までも