
死の直前までフェアウェーにいたい
こんなにわかりやすく核心をついた書名は初めて。2千人を看取ってきた緩和ケア医が「歩けるうちは死なない」と断言し、延命治療より満足できる最後を選んだ例をたくさん紹介している。ゴルフ大好き73歳のぼくは腹が固まった。いつか病気で食べられなくなっても、死の直前までフェアウェーで白球と戯れていたい―。
(幻冬舎新書、2025年11月発刊)
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「突っ込む」を逆手 魅惑の書名
『棺桶まで歩こう』の書名を初めて目にしたのは昨年2025年の11月25日だった。朝刊に大きな書籍広告が載っていた。(写真下)

「棺桶」の2文字から、すぐに次の慣用句を思いうかべた。「棺桶に片足を突っ込む」。年老いて体が弱り、余命いくばくもないことを示すネガティブ表現だ。ここでは「棺桶」は「死」と同義である。
しかしこの書名は、その慣用句を逆手に取り、「歩こう」という平たい言葉をつなげるだけで超ポジティブな表現に変えてしまった。副題ともいえる「歩けるうちは死なない」と見事に補完しあってもいる。
筆者は本の中では慣用句の「片足を突っ込む」には直接言及していない。ただ「おわりに」のなかで「棺桶をまたいで入れるように」「棺桶に歩いて入るぞ」とも書き、あくまで自らの意志で死を迎えることの大事さを説いている。
お酒・ゴルフ 実例にわが身重ね
この本の最大の魅力は、「棺桶まで歩いた」実例がたくさん出てくることだろう。末期がんで余命いくばくもなくなってから自宅に戻った人も何人も紹介されている。本人が満足して死を迎えただけでなく、支えて見守った家族もきちんと見送ることができたことを感謝している描写には、強い説得力がある。
ぼくはいま73歳の年寄りゴルファーで、お酒も好きだ。ああ自分もこんな風に死を迎えられたらいいなと感じた例がいくつか出てきた。3例を抜き出してみた。
75歳のCさんは、競艇と芋焼酎が好き。もちろんぼくは止めません。「ああ~、うまい」と言いながら幸せそうに飲みます。(中略)。
亡くなる数日前には競艇場へ。車から降りると驚くほどしっかりした足取りで場内へと向かうCさん。こんなに歩けるとは! 好きなことをするというのは、なるほどエネルギーになるものなのです。(中略)
余命6か月と言われたCさんは、結果的に1年自宅で日常生活を送ることができました。 (P113)
日本酒派のIさんもいました。食事を受け付けなくなって、痩せてきたIさんを心配する家族に、僕は言いました。「食事は無理せず、好きなものを少量。栄養をとらねばならないつらい時間にせず、楽しいひと時にしましょう」。
そして家族は、Iさんのコップに、それまで禁止していた日本酒を注ぎました。Iさん、水は飲まなかったのに日本酒は飲んだそうです。それからは、息子さんがつきあって、毎日コップ酒。栄養もあるし、何より息子さんとの晩酌は楽しい時間だったのではないでしょうか。僕はIさんに初めて会った時、余命1週間くらいかだと思っていました。ところがなんと、その後1か月以上、水も飲まず日本酒だけで元気に過ごすことができたのです。
(P118)
ゴルフ好きの夫を見送った奥さんは、こんな最後のやりとりを教えてくれました。この方は亡くなる18日前までコースに出ていたそうです。
奥さんがご主人の手を握り「天国でもゴルフをしてね。わかった? わかったら手を握って」と話しかけると、ご主人は手を握り返して、応答してくれたと言います。
(P212)
「貯筋」にひざ打ち ”老後3大要素”に
棺桶まで歩き続けるための心構えやノウハウも、たくさん出てくる。その中でも次の一説にひざを打った。
歩くのに必要なのは「気力と根性」だと書きましたが、筋肉はやはり必要です。大腿(だいたい)四頭筋という、膝上の筋肉が「立ち上がりの筋肉」です。
筋肉は使わないとどんどん衰えてしまいますから、気力があるうちにできるだけ歩くことが大事なのです。(中略)
「貯筋」しましょう。筋肉はあなたを裏切りません。
(p71)
ぼくはここを読むとすぐに、老後を豊かに暮らすための2大要素を思い出した。「貯筋」を加えたら「バランスのとれた3大要素」になる ! こんな具合に―。
<団野提唱 豊かな老後の3要素>
実りある老後には毎日の「キョウヨウ」と「キョウイク」と「チョキン」が大事です。といっても「教育」も「教養」も「貯金」も、要りません。大切なのは「今日用」と「今日行く」であり、そのために「貯筋」を使いましょう。
元外科医の現代医療批判
大学付属病院で17年

筆者が緩和ケア医として看取った実例のはざまに、現代の医療の精度や実態に対する批判も随所にでてくる。この本のもうひとつの読みどころだろう。
筆者は1964年生まれ。ことし62歳になる。2年浪人して群馬大学医学部に入学し、卒業後は附属病院の外科医になった(経歴右)。こう書いている。
「仕事はたしかにきついけれど、患者さんと接するのも好きでした。かっこいい外科医になりたかったし、将来は外科部長になるのが夢でした。」(p21)
しかし「看取り」の治療で患者が苦しむのを見るのが辛くなり、2年目には、自分の患者には無理な延命治療はやめ、がんの告知も始めたという。外科医を17年続けた後、42歳の時に「緩和ケア医」へと転じた。
病院の「看取り」に厳しい目
20年近い緩和ケア経験をもとにした本書で、現代医療現場の延命・看取り治療の問題点に言及している箇所はいくつもある。3つ抜き出してみるとー。
<「危ないから」と歩かせない> 病気になったあと、歩けるようになったとしても、「危ないから」と歩かせない家族もいます。同じように病院や施設でも、たとえ本人が歩けたとしても歩かせないことが多々あります。もし入院患者が歩いて転んで骨折したら? ナースの責任になってしまう。「危ないからおむつにしてくださいね」などとやさしく言うけれど、実は自分が始末書を書く事態を避けたいのです。(p43)
<「死なせない」国> 「穏やかな死」へ向かう患者の足を一番引っ張るのは、家族です。(中略) 医師はなるべく死亡率を下げて、生存率を上げるというデータに基づいて「この治療がいい」と信じています。(中略)患者が死ぬことは医師にとっていわば「敗北」なのです。 結果、日本は諸外国に比べ、患者をなかなか「死なせない」国であり、それゆえつらい死に方をすることが多いのが現状です。(p147)
<「着陸」ではなく「墜落」> 寿命が来ている患者に「栄養が足りない」と、点滴を始める。まだ足りない、まだ足りないと何本もチューブをぶら下げる。身体はまいっているのに「まだがんばれ」「死ぬな」と寿命を延ばそうとする。
少しでも長生きさせたいのは、実は家族と医師たちなのです。本人は苦しい、つらいのに逝かせてもらえず、ついに墜落して燃え上がるように逝くのです。
日本の看取りの現状は、「着陸」ではなく「墜落」です。(p157)
医師の老後指南は3冊目
このHPでぼくは、老いをテーマにした印象記や体験記には「定年・老後」のタグをつけてきた。この印象記は76本目になる。そのうち医師が書いた指南書は3冊目だ。これまでの2冊と印象記の見出し、主な勧めや警句を読んだ順に書き出すと―



和田秀樹『60代と70代 心と体の整え方』(2021年3月)
「もっと肉を もっと光を」
歯切れいい勧め連発
「クスリと書いてリスクと読む」
「健康診断は受けない」
「がまんは美徳じゃない」
「孤独は悪くない」
久坂部羊『人はどう老いるのか』(2025年1月)
あらがい苦しむか 受け入れ平穏か
幸不幸 医師の目 作家の筆
「医療への幻想を捨てよ」
「健康情報に踊らされるな」
「あきらめが幸せを生む」
ふたりとも「医師」であり「作家」である。さらにどちらも、普通の医者なら言わないであろうことも指摘し、読者に勧めている。
萬田氏が『棺桶まで…』で展開する現代医療批判はもっと手厳しい。ノウハウもはるかに具体的だ。読者の多くは1947年から49年に生まれた団塊の世代だろう。みな75歳以上の後期高齢者になっている。
販売部数は連休明けには12万部に達したという。73歳のぼくよりはるかに胸深く受け止めた人たちが、団塊のなかにたくさんいるらしい。
