愛知とドランゴンズ 銀幕でも”名脇役”に…映画『白鳥とコウモリ』
映画館復活の栄で観た 愉しみ二重

東野圭吾の原作『白鳥とコウモリ』を昨春読んだとき、印象記に「びっくり ゆかりの『愛知』が次々と」の見出しをつけた。あれから1年半、こんどは映画を観てまた驚いた。愛知とドラコンズが期待以上にひんぱんに出てきて、入り組んだ展開の”名脇役”になっていたから。しかも、映画館がことし6月にやっと戻ってきた栄で観たので、名古屋人として愉しみが二重になった。
(9月10日、TOHOシネマズ名古屋栄)
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巨人V10阻止も鍵 常滑で急展開

「名古屋市天白区」「安城」「岡崎」……。愛知県の地名が、俳優の声だけではなく、字幕にもなって次々と出てきた。原作者の東野圭吾は大阪生まれだが、大学卒業後の1981年に日本電装(本社・愛知県刈谷市、現デンソー)に技術者として入社し、1986年まで愛知で暮らした。
これらの地名や風景は筆者の経験にもとづいていると思われ、もちろん原作でも登場する。映画ではその露出頻度が増したように感じた。残念ながら筆者は7月23日、映画公開を待たずに68歳の若さで急死されてしまったけれど、存命だったらどんなコメントを残しただろうか。
たとえば主役のひとり倉木和馬(松村北斗)の父、達郎(三浦友和)が若い時の回想シーン。車を運転中に接触事故を起こしてしまった自転車の男に名刺を求められる。達郎が差し出した名刺が大写しになると、会社名はアイシン精機と豊田自動織機をミックスしたような名前だった。小説には社名は出てこなかったはず…。ぼくは思わずニヤリとしていた。

もうひとつ、愛知露出が小説より目立ったのが「ドラコンズ」だった。達郎が中日ファンで、もうひとりの主役である白石美令(今田美桜)の父、健介(中村芝かん)もドラファンという設定が重要になっていく。なかでも中日が巨人のV10を阻止した年が鍵になり、美令がスマホ検索で1974年と知るとナゾは深まっていく。ぼくはこの年、名古屋の大学3年生で、同級生たちも大騒ぎしていたのをよく覚えている。
極めつけは、常滑だった。物語ではとても大事な場面なので、現地ロケもていねいに撮られていた。窯跡や煙突や坂道など名所が出てくるたびに「あっあそこだ」「ここ行ったな」と心の中でつぶやいていた。思い出を想起させる力は、やはり、文字だけの小説とは比較にならない。
悔恨 懺悔 献身…緻密な演技

この物語の展開は、過去と現在が複雑に、しかも幾重にも絡みあい、因果関係も凝りに凝っている。ネタバレを避けるため、ぼくが感じた主題だけを抽象的に表現すると「悔恨と懺悔と献身 そして親子愛」になるだろうか。

息子と娘を演じる主役のふたり(村松北斗、今田美桜)は、真正面を射抜く目力と心の芯のしっかりした演技がすばらしかった。ふたりの父親を演じる男優ふたり(三浦友和、中村芝かん)も、存在感がある演技で、うちに抱えこんだ罪と罰の葛藤を緻密に、そして繊細に表現できていると感じた。

五代刑事 飄々とした柄本佑
もうひとり、この物語で重要な存在になっているのは五代努刑事だ。小説では、強い正義感と確かな観察眼、さらには粘り強さと人情味も兼ね備えた刑事として描かれている。小説『架空犯』にも登場し、持ち味を存分に発揮している。

この映画では柄本佑が演じた。ぼくが知る柄本佑はNHK大河ドラマ『光る君へ』で演じた菅原道長の印象がとても強い。飄々(ひょうひょう)としていて、手柄や出世には関心が薄そうだが、こころの内の内に熱いものを秘めている感じ。道長ははまり役だったと感じた。
今回の五代役では、持ち前の飄々としたところが前に出ていて、ぼくが小説で抱いた五代努の印象とはちょっと違うと感じた。でも、東野圭吾の小説を原作にした映画の主役男優を思い返してみると、「加賀恭一郎」の阿部寛も、「ガリレオ」の福山雅治も、原作のイメージそのままではなく俳優の個性も光っていた気がする。
彼らのように実力と人気を兼ね備えた俳優が演じれば、それぞれの持ち味が前に出てくるのは当然といえる。『白鳥とコウモリ』のスクリーンは「柄本佑が演じる五代」が持ち味をしっかりと出し、展開を仕切っていた。
栄に映画館が戻ってきた!
この映画を観たのは、栄の真ん中にことし6月、新しくできたシネコン「TOHOシネマズ名古屋栄」だった。旧日銀名古屋支店の跡地にできた再開発ビル「ザ・ランドマーク名古屋栄」の4階にある。地下から3階までは商業施設「HAERA」が入っている。


<▲(左)ザ・ランドマーク名古屋栄 (右)4階のシネコンロビー=6月11日の開業日に>

ぼくが京都・舞鶴から1971(昭和46)年、大学生として名古屋に出てきたとき、栄には10軒近い映画館があった。名作専門の「ロマン座」がいちばんのお気に入りだった。
しかし郊外シネコンに押されて次々と閉館し、2023年には1館だけになった。ぼくは、同じ栄にあった中日ビルの建て替え責任者のとき、シネコン誘致も真剣に検討したが、ホール存続を優先して見送った経過は忘れられない。
今回のTOHOシネマズ名古屋栄のオープンによって、一気に10スクリーンが復活した。郊外や名古屋駅へ流れていた映画ファンは、栄での買い物や食事と一緒に映画も楽しめるようになった。

ぼくはこの日のお昼前、妻と一緒に栄まできて、まずイタリアンのランチを楽しんだ。そのあと、初めてこのシネコンに入り、映画『白鳥とコウモリ』を観て、地元の愛知とドラゴンズの脇役ぶりも楽しむことができたのだった。
シネコンのロビーの外にある4階テラスからは、久屋大通りをはさんだ斜め向かいに、2年前に全面開業した中日ビルが見える。
この栄に、しかもど真ん中に、映画館が戻ってきた―。そう実感できた瞬間だった。
