8 街歩き 建築を味わう

母校で「棚主」になってみた 新交流施設「コモネ」に蔵書20冊

テーマ「旅」 春夏秋冬に衣替えへ

  (名古屋大学、2025年7月14日展示開始)

 名古屋大学に新しい交流施設「Common Nexus」(愛称・コモネ)がオープンし、真ん中にある巨大な本棚「Roots Books」のひと区画を借りて「棚主」になった。「晴球雨読BOOKS」の表札を掲げ「2025夏 すべては旅からはじまる」をテーマに20冊を並べている。ぼくの血肉(roots)になった本ばかり。テーマと本は、春夏秋冬に衣替えしていくつもりだ。50歳も若い後輩たちの感性に1冊でも響くだろうか。

 <▲写真① 「旅」をテーマに選んだ20冊>

■グリーンベルトに半地下 反り返る屋根

 この新施設は、グリーンベルト(芝生広場)があった場所に作られ、7月1日にオープンした。山手通をはさんだ丘の上に豊田講堂があり、西の端には中央図書館がある。愛称は「ComoNe コモネ」。東海国立大学機構が運営している。

<▲写真② 豊田講堂から見下ろす。反り返る屋根、向こうは図書館>

 まず引きつけられたのは屋根だった。山手通から見ると中央部が低く、両端にむけて反り上っている(写真②③)。屋上には中央部から上れるようになっていて、遊歩道が湾曲しながら図書館へと伸びている。その左右、反り上がっていく斜面には芝生が植えてある。いまは養生中だけど、自由に入れるようになったら、とくに春と秋は気持ちいいだろう。

<▲写真③ 山手通りから。反り返った屋根の軒下から光が地下へ注ぎこむ>
<▲写真④ 図書館から見下ろす。向こうの丘の上には豊田講堂>

 内部に入るともっと大きな驚きが待っていた。地下1階の中央も自由通路が貫いている。こちらも直線ではない。ゆるやかにうねったり、あっちこっちに凹凸がある。そこにいろんな仕掛け空間がくっついていた(写真⑤⑦)。

<▲写真⑤うねる通路、脇には本棚。斜め上から自然光。街路樹も見える>

 しかも通路の左右の壁には、上部にガラス窓がある。サンクンガーデン(光庭)が屋根から”ぶら下がって”いる。自然光が差し込み、地上の並木の葉が揺らいでいるのも見える。柱のスパンも均等じゃない。森の中を歩いているようだ(写真⑤)。

丘陵から平地へ「谷戸(やと)」から着想
<写真⑥内覧会の展示パネル> 

 コンペで設計者に選ばれた小堀哲夫氏は6月21日の内覧会で、グリーンベルトの場所の地歴を調べ、そこが「谷戸(やと)」であったことに着想を得た、と語った。「谷戸 ? 」。初めて聞く言葉だった。

 展示パネルによると、谷戸は、丘陵から平地への移行帯にある地形をさす。斜面林に囲まれた草地と小川がやがて、住み着いた人たちによって、田畑やため池に利用されてきた。

 谷と垂直の断面をみると、地面は弓なりに反っている。コモネの設計で小堀氏は、グリーンベルトのもともとの地形を再現し、屋根を反り返りにして、水や緑も取り込んだ(写真⑥)。

<▲写真⑦ 屋根を取り払った模型。通路両脇にいろんな仕掛け=内覧会で>
コンペには著名建築家がずらり

 この施設のコンペは2段階で行われ、最終審査には、槇総合計画事務所、SANAA・妹島和代、伊東豊雄など著名建築家の5案が残った(写真⑧)。槇文彦氏(1928-2024)は、この敷地を見下ろす豊田講堂の設計者だった。この”超激戦”で勝ち残ったのが小堀氏の案だった。

<▲写真⑧ コンペは著名建築家の競作に=内覧会の展示から>

■駅直結 地下に自由通路と仕掛け

 この施設の目的は、平たく言えば「交流」だろう。ただここは大学だからだろうか、パンフレットの表現はもうちょっと難解だ。こう書いてある。

<写真⑨地下鉄に直結>

 ―学生や教職員だけでなく、地域のみなさんや子どもたち、企業などすべての人に開放する共創の拠点に

 ―大学のビジョン「社会の公共財として、イノベーションCommonsになる」を実践する場に

 メーンの入り口は地下1階にあり、地下鉄「名古屋大学駅」と直結している(写真⑨)。建物は半分が地中に埋まっていて、地下1階の通路の左右には、さまざまな仕掛けと空間が用意されていた。

<▲写真⑩ 大階段では学生たちが思い思いに…>

・くつろげる大階段やソファ(写真⑩) 
・電源つきおひとり勉強席(写真⑪⑫)
・靴を脱いであがる小上がり(写真⑭)
・オープンなイベントホール
・3D造作機もあるモノづくり空間
・芸術と先端研究の連携ギャラリー
・ガラス張りの教室や会議室(写真⑬)
・会員限定の交流ラウンジ

<▲写真⑪おひとり勉強席がいっぱい / 写真⑫勉強学生と行き交う人々>

<▼写真⑬階段状の教室も / 写真⑭ 靴を脱ぎゆったり「小上がり」>

 どこで何をしていてもいい。ひとりっきりでもいいし、もちろん仲間と一緒でも。この自由さは快適だろう。ぼくが学生のころにも、こんな場があったら、4畳半の下宿や研究室にこもらず、講義がない時間の大半はここで過ごしただろう。

■1区画は幅55cm  月2000円

 それらの仕掛けのひとつが「ROOTS BOOKS」だった。通路からちょっと上がったところの壁に高さ5m、幅10ほどの本棚が作り付けられている。近くにはソファやテーブルもあるので、くつろぎながら本を読んだり、談笑できる(写真⑮)。

 <▲写真⑮ 本棚「ROOTS BOOKS」のコーナー>

 ぼくは内覧会でこの本棚にも驚いた。どんな本が並ぶのか想像していたら、知人の建築家から「『棚主』に貸し出し、好きな本を並べてもらうらしいよ」と聞き、また驚いた。「団野さんも棚主になって、ゴルフの本、並べたら?」との冗談も耳に残った。

 そういえばここ数年、東京・神田の書店を訪ねると「シェア型書店」「貸棚書店」が増えていた。区画を「棚主」が有料で借りて好きな本を並べることができ、売り上げは棚主に入る。書店の経営を助け、閉店を食い止める策としても注目され、全国に広がっている。

<▲写真⑯ 本が並び始めていた=17日撮影>

 コモネの事務局やHPによると、区画の大きさや棚主の条件はこんな感じだった。

 ・区画は幅55cm、高さ33cm
 ・賃料は月2000円
 ・公序良俗に反しない限り展示本は自由
 ・棚主どうしの交流会に参加できる

<▲写真⑰ 本棚は通路から少し上に / 写真⑰ ソファや机もある>

大屋根のもとの孤独 ひとりだけれどひとりじゃない

 オープン後の7月9日の水曜日にコモネを再訪したら、自由通路を行き交う学生たちは予想よりはるかに多かった。勉強机もみな埋まっていた。大階段では車座談笑する仲間がいたり、小上がりでは昼寝する学生もいた。みなが思い思いの時間を勝手に過ごしていた。大屋根のもとの孤独は、ひとりだけれど、ひとりじゃない―。

 この空間で棚主のひとりになれるなら、「晴球雨読」の延長として楽しめそうだ—。後輩の学生たちとの接点も生まれるかもしれない—。その日のうちに申し込んだら、数日後に承諾のメールが届いた。7月14日から展示できることになった。

■名前は実名 表札は「晴球雨読BOOKS」

 棚主の区画にはまず「○○○○ BOOKS」という「表札」が必要だった。迷わずブログサイトと同じ「晴球雨読」を選んだ。

 「名前/ニックネーム」には実名も書いた。ニックネームだけの棚主も多かったが、迷いはなかった。ブログはみな実名公開だし、直近に読んだ塩田武士『踊りつかれて』で”匿名のあやうさ”を感じていたから。

 問題は「メッセージ」と本の選択だった。並べる本がずっと同じではつまらない。春夏秋冬ごとにテーマと本を変えていこう。最初のテーマどうする?

  <▲写真⑱ ぼくの棚主メッセージ>

 開設日の7月14日といえば、大学はすぐ夏休みに入る。学生なら旅だ。ぼくは52年前、この大学で教養の2年を終えると、1年間休学して貧乏旅行に飛び出し、ユーラシア大陸を一周した。

 20歳だった。あの無謀で長い、海外へのひとり旅が、その後の人生の原点(roots)になった。

 最初のテーマは「旅」に決めた。棚に表示する言葉は、ちょっとおおげさに「2025夏 すべては旅から始まる」とした(写真⑱)。

■『すべては旅から…』20冊 至福の選択

 幅55cmの棚に入る本は15~20冊ほど。「旅」をテーマに自分の書棚を眺めながら、選んでいった。これって何歳ごろ読んだっけ―。この本、何回も読み直したなあ―。あれこれ思い出しながらの選択は至福の時間だった。選び出したのは次の20冊だった(写真⑲)。

 <▲写真⑲ 中央には表札とメツセージ>


深田久弥『日本百名山』
 山歩きと思考 薫り高き融合の名著
寺山修司『書を捨てよ、町へ出よう』
 題名にがつん ど真ん中の直球
開高健『もっと遠く、もっと高く』
 釣りと風土と酒と人 饒舌と情念
五木寛之『風に吹かれて』
 やわらかき漂流と熱きこころ
山口文憲『香港 旅の雑学ノート』
 ガイド本を越えるブンケンさん
村上春樹『ラオスにいったい何があるというのですか』 
 この答えに旅のすべてがある
村上龍『ニューヨーク・シティ・マラソン』
 旅先でつむぐ短編 野心と矜持
沢木耕太郎『深夜特急』(1便~3便)
 アジアひとりバス旅 伝説の体験記
藤原新也『インド放浪』
 写真と文の融合が幻境へ導く
外岡秀俊『北帰行』
 著名記者 学生時代の啄木小説 
林望『イギリスはおいしい』
 リンボー先生「まずい」国を逆転
本田勝一『極限の民族』
 ここまで取材で入りこむか! 
辺見庸『もの食う人びと』
  ここまで記者は食うのか !
野村進『コリアン世界の旅』
「在日」めぐり人から人へ
高村薫『空海』 
 作家がたどる「一直線のカリスマ」
学研編集部『地球の歩き方 愛知』
 歩くべきは海外だけじゃない 
山口信吾『定年後はイギリスでリンクスゴルフを愉しもう』
 ゴルフ好きには”禁断”の夢
伊集院静『夢のゴルフコースへ』
 永遠の憧れ いつかこんな旅を 

 実は、真っ先に選びたかったのは小田実『何でも見てやろう』だった。あの本を大学1年で読まなかったら、休学と海外長旅の決断はできなかった。でも自宅の本棚には見つからなかった。だれかに貸したっけ?  これだけが心残りだ。

<▲写真⑳ マイ棚は、下から3段目の中央>

 14日にコモネに行き20冊を並べ終え、ソファに座って、本棚を眺めた(写真⑳)。すぎそばを行き交う学生たちはぼくより50歳も若い。20冊のうちの1冊でも、だれかが何かを感じてくれるきっかけになれば、うれしい。

■棚主交流 初会に小森氏 大垣と本と建築

<▲写真㉑ 第1回交流会>

 この「ROOTS BOOKS」では、棚主の交流会が定期的に開かれることになっている。名づけて「ひととなり BOOKS」。その第1回が17日夜、本棚の前で開かれぼくも参加した(写真㉑)。

<▲写真㉒ 小堀氏の棚。『建築はほほえむ』に言及>

 第1回のゲストは、吉成信夫氏と小堀哲夫氏。吉成氏は、ぎふコスモスの元総合プロデューサーで、コモネではコンセプト策定にかかわった。ふたりは自分の「ROOTS」になった本を紹介しながら、これまでの歩みや仕事について縦横に語った。

 小堀氏の話のなかで、ぼくがとくに興味を持ったのは次のような体験談だった。その大意を、ぼくの言葉で書きとどめると—


 口調には気負いがなく、心の奥底の声に耳を澄ませていると思わせる響きがあった。ぼくは思った。コモネの空間と場も、この姿勢から湧いてきた―。大屋根のもとの孤独は、ひとりだけれど、ひとりじゃない―。