蘇る記憶 春夏秋冬に衣替えへ

名古屋大学の東山キャンパスに7月にオープンした新交流施設 Common Nexus (愛称コモネ)には、ど真ん中に「ROOTS BOOKS」という巨大な本棚がある。6月の内覧会で「棚主」を募集していると知ってぼくもひと区画を借り、14日に20冊を並べた。「すべては旅からはじまる」のコピーをつけて。テーマは春夏秋冬に変えていくつもり。孫世代にあたる後輩たちの感性に響くだろうか。
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■ど真ん中に巨大本棚 ROOTS BOOKS
コモネには、先に書いた印象記「新施設コモネにわくわく」でも触れたとおり、たくさんの仕掛けが施されている。その中でも目立つのが ROOTS BOOKS だ。通路からちょっと上がったところの壁に高さ5m、幅10ほどの本棚が作り付けられている。近くにはソファやテーブルもあるので、くつろぎながら本を読んだり、談笑できる(写真①)。

■ 並ぶ本は棚主しだい
ぼくは6月21日の内覧会で、本棚を見上げながら、どんな本が並ぶのか想像していたら、隣りにいた知人の建築家が思わぬことを言った。
「どの区画も『棚主』に貸し出して、棚主は好きな本を並べていいらしいよ。団野さんも棚主になって、ゴルフの本、並べたら ? 」
そういえばここ数年、東京・神保町の書店街を訪ねると「シェア型書店」「貸棚書店」が増えていた。区画を「棚主」が有料で借りて好きな本を並べることができ、売り上げは棚主に入る。書店の経営を助け、閉店を食い止める策としても注目され、全国に広がっている。
■ひと区画は幅56cm 月2000円

コモネの事務局や規約によると、利用条件はこんな感じだった。
・ひと区画は幅56cm、高さ30cm
・棚主は月2000円の賃料を払う
・書籍はだれでも閲覧できる
・9月からは貸し出しも始める
・棚主は棚主交流会に参加できる

このおおらかでやわらかな空間で棚主のひとりになれるなら、「晴球雨読」の延長として楽しめそうだ—。後輩の学生たちとの接点も生まれるかもしれない—。その日のうちにHPに申し込んだら、数日後に承諾のメールが届いた。7月14日から展示できることになった。
■よみがえる思い出 メッセージに
棚主の区画にはまず「○○○○ BOOKS」という「表札」が必要だった。迷わずブログサイトと同じ「晴球雨読」を選んだ。
「名前/ニックネーム」には実名も書いた。ニックネームだけの棚主も多かったが、迷いはなかった。ブログはみな実名公開だし、直近に読んだ塩田武士『踊りつかれて』で”匿名のあやうさ”を感じていたから。
すこし考え込んだのは「メッセージ」だった。単純な自己紹介にはしたくない。先輩づらはもっと嫌だ。学生時とグリーンベルトの記憶を思い返したらふたつ浮かんだ。
<思い出1> 「グリーンベルト」沿いに通った教養部の2年を終えた1973年の春、1年休学の手続きをして日本を飛び出した。19歳だった。横浜→ソ連→欧州→北アフリカ→中近東→インド→タイ→沖縄と、ユーラシア大陸を一周した。無謀な旅だったが、とてつもない刺激に満ちていた。あのひとり旅が、その後の人生の原点(roots)になった。
<思い出2> 建築学科4年だった1975年の秋、大学院試験が終わった日の深夜だった。グリーンベルトの芝生で仲間数人と酒盛りをして盛り上がり、素っ裸になって池に飛び込んだ。しばらくすると警備のおじさんに懐中電灯で照らされた。身を縮めていたらおじさんは言った。「こんな無茶やる学生、いなくなったと思ってたよ。早く上がって服を着て、下宿に帰んなさい」。なんかうれしそうだった。美化がすぎるだろうか―。
並べる本がずっと同じなのはつまらない。春夏秋冬ごとにテーマと本を変えていこう。開設日が7月14日なら、大学はすぐ夏休みに入る。学生ならやはり旅だ。最初のテーマは「旅」に決めた。表示タイトルはちょっと気取って「2025夏 すべては旅から始まる」とした。メッセージカードにはこう書いた(写真④)。

■『すべては旅から…』20冊 至福の選択

幅56cmの棚に入る本は15~20冊ほど。「旅」をテーマに自分の書棚を眺めながら、選んでいった。これって何歳ごろ読んだっけ―。この本、何回も読み直したなあ―。あれこれ思い出しながらの選択は至福の時間だった。選び出したのは次の20冊だった(写真⑤)。
深田久弥『日本百名山』
山歩きと思考 薫り高き融合の名著
寺山修司『書を捨てよ、町へ出よう』
題名にがつん ど真ん中の直球
開高健『もっと遠く、もっと高く』
釣りと風土と酒と人 饒舌と情念
五木寛之『風に吹かれて』
やわらかき漂流と熱きこころ
山口文憲『香港 旅の雑学ノート』
ガイド本を越えるブンケンさん
村上春樹『ラオスにいったい何があるというのですか』
この答えに旅のすべてがある
村上龍『ニューヨーク・シティ・マラソン』
旅先でつむぐ短編 野心と矜持
沢木耕太郎『深夜特急』(1便~3便)
アジアひとりバス旅 伝説の体験記
藤原新也『インド放浪』
写真と文の融合が幻境へ導く
外岡秀俊『北帰行』
著名記者 学生時代の啄木小説
林望『イギリスはおいしい』
リンボー先生「まずい」国を逆転
本田勝一『極限の民族』
ここまで取材で入りこむか!
辺見庸『もの食う人びと』
ここまで記者は食うのか !
野村進『コリアン世界の旅』
「在日」めぐり人から人へ
高村薫『空海』
作家がたどる「一直線のカリスマ」
学研編集部『地球の歩き方 愛知』
歩くべきは海外だけじゃない
山口信吾『定年後はイギリスでリンクスゴルフを愉しもう』
ゴルフ好きには”禁断”の夢
伊集院静『夢のゴルフコースへ』
永遠の憧れ いつかこんな旅を
実は、真っ先に選びたかったのは小田実『何でも見てやろう』だった。あの本を大学1年で読まなかったら、休学と海外長旅の決断はできなかった。でも自宅の本棚には見つからなかった。だれかに貸したっけ? これだけが心残りだ。

14日にコモネに行き、20冊を並べ終えてからソファに座り、本棚を眺めた(写真⑥)。ぼくは73歳。そばを行き交う学生たちは50歳以上も若いけれど、1冊でも、だれかが何かを感じるきっかけになれば、うれしい。
■棚主交流 初会に小森氏 大垣と本と建築

この ROOTS BOOKSでは、棚主の交流会が定期的に開かれることになっている。名づけて「ひととなり BOOKS」。その第1回が17日夜、本棚の前で開かれぼくも参加した(写真⑦)。

ゲストは吉成信夫氏と小堀哲夫氏。吉成氏は「みんなの森 ぎふメディアコスモス」の元総合プロデューサーで、コモネではコンセプト策定にかかわった。二氏は自分の ROOTS になった本を紹介しながら、これまでの歩みや仕事について縦横に語った。
ぼくは小堀氏の話を、とくにコモネの建築設計にからめながら聞いた。とくに興味を持ったのは次のような体験談だった。その大意を、ぼく自身の言葉で書きとどめると—
大垣市で生まれた。周囲は田んぼばかりだった。大工の父親が建てた実家は、便所が外にあり、ぼっとん式だった。
そんな環境が大嫌いで東京の大学に進んだ。でも、登山にはまり、岐阜に帰省するたびに、自然を体で感じながら暮らすことの豊かさや大切さがわかりはじめた。
建築設計でも当初は頭の中の「こうあるべき」にがんじがらめになっていた。そのうち、まずはいったん形にしてから、もういちど自由に考え直すようにすると、身体の奥底からいろんなものがいっぱい湧き出てくるようになった。世界共通の理念(平等、衛生、健康…)と、その場所にしかないヴァナキュラーなもの(土地の文化、土・木・風・光・水…)。それらを合体させたい。
口調には気負いがなく、心の奥底の声に耳を澄ませていると思わせる響きがあった。ぼくは思った。コモネの空間と場も、この姿勢から湧いてきた―。大屋根のもとの孤独は、ひとりだけれど、ひとりじゃない―。
