
奇才の矜持と反骨 幕末の爛熟

なんだこりゃという構図に惹きつけられ細部に目を凝らすと、勇猛な武士のわかで、不気味な妖怪がうごめいていた。あるいは猫たちが無邪気に微笑んでいる―。愛知県美術館で28日に観た「歌川国芳展」は、「奇才の絵師」の豪胆な構成、洒落と諧謔、矜持と反骨をたっぷり味あわせてくれた。幕末浮世絵の爛熟、すごい。
(愛知県美術館、4/24~6/21)
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圧巻の400点 目を凝らせば
歌川国芳の版画を見るのは、2019年3月に名古屋市博物館であった『国芳から芳年へ』以来7年ぶりだった。今回の入場前にパンフをみると、版画と肉筆画が400点も展示されていた。前回よりうんと数が多い。
こんなときぼくは、ちょっと遠めに眺めつついったん出口まで進み、すべての作品を一覧してみる。そのうえで入り口に戻り、目星をつけておいた「お気に入り」をじっくりと味わい、説明パネルも読むことにしている。この日もそうした。
写真撮影は原則禁止だが、パンフ紹介作品を中心に10点ほどは「OK」だった。その中から、ぼくのお気に入りを選ぶとこれだ。
お気に入り お勧めの3作
宮本武蔵の鯨退治
「なんじゃこれは」とたまげた構図の筆頭がこれだった(写真②)。巨大クジラが大波の上でのたうちまわっている。背にまたがるのが宮本武蔵だなんて、パネルで題を読むまで想像もしなかった。クジラがまとう帯と口元の朱が、なんとも粋だ。

相馬の古内裏
平安時代の関東の豪族、平将門の乱にまつわる伝説を描いている。将門の遺児の姫(写真③、左端)が妖術で呼び寄せた骸骨があまりにも巨大で、笑ってしまう。国芳作品の中ではいちばん人気があるらしい。パンフの表紙にも使われている。

源頼光公館土蜘蛛作妖怪図
源頼光は平安中期の武将で病床にいる(写真④、右端)。宿直する四天王の背後に、土蜘蛛に操られた妖怪たちが迫っている。「天保の改革」を風刺した”判じ絵”との噂がたち、大評判になったとか。妖怪たちの表情が多種多様で不可思議だ。

説明パネルによると、当時の浮世絵が刷られた「大判」は39cm×26.5cm 。現代のB4(36.4cm×25.7cm)よりちょっと大きい。国芳は3枚をつないだ横長の大画面を多用し、大胆な構図を展開した。繊細な線と多彩な色づかいがそれを支えている。
猫好きにはたまらない?
たくさんの展示でぼくは、役者絵や美人画よりも、「戯画(ぎが)」と分類されている絵の方に強く魅かれた。猫がモチーフの版画はその筆頭だ。国芳本人も猫好きだったらしい。現代の猫好きの人たちにも、たまらない戯画だろう。
猫飼好五十三次


東海道五十三次の宿場町に違う様子の猫を描きわけている(写真⑤)。地名と猫の仕草の発音が似ている町がわかりやすい。「草津」にこたつで眠る猫、「桑名」はご飯をくわないと猫といった調子。「その心は?」と首をかしげてしまう宿場町も多くて、飽きない。タイトルも現代的なのにびっくりする。
流行猫の変化
着物をはおった猫が真ん中に描かれている(写真⑥)。まわりに描いてあるカツラやかぶりものを切り抜き、猫の頭にかぶせて遊んだらしい。娘や坊主、丁稚になったり、ハチマキや頬かむりをさせたりと、猫の13変化を楽しめる。こちらのタイトルもまた現代風だ。
バンクシーがいる !
もっとも異色だったのがこの忠臣蔵の絵だった。「吉良邸に討ち入る赤穂浪士を描いた作品」と展示してあったが、建物も構図も陰影もほかの風景画と違う。パネルには「ニューホフ著『東西海陸紀行』の銅版画挿絵を元にしている」とあり、その本も隣に展示してあった。たしかに、赤穂浪士以外は、そっくりだ。
忠臣蔵十一段目夜討之図

この討ち入り図(写真⑦)を見ながらぼくは、2021年3月に名古屋・金山で観た『バンクシー展』を思い出した。バンクシーは現代都市の古い建物や壁に、ステンシル(型紙にスプレーを吹き付ける手法)で素早く描いた(写真⑧)。技法は違うが、大きな壁と黒のシルエットが似ている。どんな連想も自由。それも展覧会の楽しみだろう。


<▲写真⑧ 左は「verry little helps」/ 右は「GIRL WITH BALOON」>
大本命?は後半に登場
この展覧会は前期(4/24-5/24)と後期(5/26-6/21)に分かれていて、前期の作品の一部が入れ替えになる。後期の目玉になりそうな作品の拡大パネルが、出口を出た後の壁にあった。記念の写真撮影も兼ねているらしい
朝比奈小人嶋遊
この愛らしい大男、朝比奈三郎は江戸時代の人気キャラクターで、この展覧会でも、小人と遊ぶ絵が2点出ている。どちらも大判1枚の作品。この「小人嶋遊」は大判3枚続きで後期に展示される。小人の島を訪れて、裸で横たわりながら、小人の大名行列を、笑みを浮かべながら眺めている。後期の目玉になるだろう。

会場の外のグッズ売り場には図録が山積みになっていた(写真⑩)。表紙は「宮本武蔵の鯨退治」と「朝比奈小人嶋遊」の2種類があった。リバーシブルなので中身は一緒なのだが、レジの女性に「どちらを持ってくる人が多いですか?」と尋ねたら、笑みを浮かべて「鯨ですね。でも後半は朝比奈になると思いますよ」という答えが返ってきた。

キーワードは「奇」
会場では約400点が8章に分けて展示してある。各章にはジャンルとサブタイトルがついていた。作品リストによると、こんなラインナップだ。どの章にもあえて奇という字が使ってある。奇をカギカッコの「」に入れて書き出すと―
1章 役者絵―名優「奇」優を描く
2章 武者絵・説話―躍動する「奇」傑
3章 風景―新「奇」の構図
4章 風俗・情報・資料―広がる「奇」想
5章 摺物と動物画―こだわりの「奇」品
6章 美人画―粋と「奇」麗
7章 肉筆―「奇」才の筆
8章 戯画―「奇」想天外なユーモア
メーンのサブタイトルが「奇人絵師の魔力」だ(写真⑪)。アバンギャルドなマルチクリエーターの突き抜け感―。それを的確に言い表せる言葉は何か。主催者はシンプルに「奇」の一字を選び、「奇」優、「奇」品、「奇」麗と、あえて造語を試みたのだろう。こんな形や言葉あわせ、国芳らしい。ぼくは好きだ。

蔦重が開いた道に開花?
出口を出たところで歌川国芳の年譜を見ていたら、1行目でえっと驚いた。国芳は寛政9年(1797)の11月15日に日本橋で生まれている。そうか、ちゃきちゃきの江戸っ子絵師だったんだ、と思いながら右を見たら「5月6日、蔦屋重三郎没」「同年、歌川広重、生まれる」とあるではないか。

昨年のNHK大河「べらぼう」で蔦重の一生を観たばかりだ。彼が版元として、浮世絵の隆盛と絵描きの発掘育成にとてつもない力を発揮したことを知った。国芳と広重が同い年で、蔦重が開き育てた浮世絵の世界で自由に羽ばたいたのだと知った。
そういえば、広重の代表作のひとつ「名所江戸百景」は、4月7日に「リニューアルした江戸東京博物館」のリニューアル展示で観たばかりだった。小説と映画の『木挽町のあだ討ち』といい、今回の浮世絵といい、このところ江戸文化に吸い寄せられている。
