<▲映画宣伝カバーがついた文庫本>

映像化と遺族批判が契機に

 昭和16年の夏、官・軍・民から極秘召集された30代の精鋭たちが机上演習で「開戦すれば日本必敗」と予測したのに、東條内閣は4か月後、真珠湾攻撃に踏み切った―。当事者取材と発掘資料をもとに、日本が無謀な戦争に突っ込んでいく経過を再現したノンフィクションだ。NHKが昨夏にドラマ化したら遺族が不満を表明、劇場版が7月末に公開と知って、まずは「原点」を読んだ。
 (中公文庫、初刊は1983<昭和58>年8月)

精鋭35人「日本必敗」を予測

<▲映画宣伝カバーをとると>

 「日本必敗」を予測したのは、昭和16年4月に発足した「総力戦研究所」の研究生たちだった。総勢35人、平均年齢は33歳。軍や役所、民間企業から密かに招集され、首相官邸裏の木造建物で、米国、英国、オランダと開戦したら日本に勝ち目があるかをシュミレイトしていった。

 その過程を筆者はていねいに追う。ただその流れ、きちんと頭に入れていくのは楽ではない。何人もの研究生がつぎつぎ出てくるし、証言も多岐にわたる。引用史料は戦前の言葉遣いで漢字も多い。近衛文麿から東條英樹へと移る内閣の動きも同時進行し、時間が行きつ戻りつする。

 もっとも簡潔な要約が巻末にあった。2010年の石橋茂・元防衛大臣との対談。筆者自身がまとめている。

 猪瀬 それぞれが役職に就いて「模擬内閣」をつくったんです。出身の省庁や会社から、できうる限りの資料、データを持ち寄って検討していった。侃々諤々の議論を経て出た結論は「緒戦は優勢ながら、徐々に米国との産業力、物量の差が顕在化し、やがてソ連が参戦して、開戦から3~4年で日本が敗れる」というものでした。
 石破 原爆投下以外は、ほぼ正確に「予言」したわけですね。
  <中略>
 石破 にもかかわらず、時の政府はそれを「無視」した。
 猪瀬 8月下旬に、時の近衛文麿内閣にこの結果が報告されました。しかし陸軍大臣だった東條秀樹が「君たちの言うこともわかるが、”日露”がそうだったように、戦争はやってみないと分からない」と発言、結局葬り去られてしまいました。「模擬内閣」もあえなく「解散」。
 (p277)


エリートたちの戦中戦後

 たくさんのエピソードのなかでいちばん読みごたえがあったのは、精鋭たちの生身の姿だった。筆者も等身大にみていたのだろう。プロローグにこうある。

 ある秘められた国家目的のため全国各地から「最良にして最も聡明な逸材」(BEST & BRIGHTEST)が、緊急に招集されていた。(p7)
 僕は彼らのキレギレの記憶の断片を集め、あの夏の”事件”を再現することにした。窪田翁が総理大臣を演じた当時、36歳だった。僕もいま36歳である。(p8)

 この本が出たのは1983(昭和58)年だから、その時点で「あの夏」から40年以上もたっていた。老齢の研究生たちを訪ねてインタビューを重ねた。かれらがいかに「精鋭」であったか。敗戦後に得た役職を登場順にランダムに拾っていくと…

 …… 日銀総裁、農林中金理事、ジェトロ副理事長、プレスト産業社長、通産省事務次官・東芝会長、農林省・事務次官、外務省アメリカ局長、共同通信政治部長、メキシコ大使、人事院事務総長、横浜税関長、東京高裁判事、東教大教授、会計検査院長、警視庁警務部長、大蔵省金融局長、三菱経済研究所常務理事 ……

 戦後日本の官界や経済界、学界の重要ポストがずらりと並んでいる。これからも類推できるように、”将来の幹部候補生たち”が「総力戦」の行方を予測したのだった。

BEST & BRIGHTEST

 プロローグで「最良にして最も聡明な逸材(BEST & BRIGHTEST)」の表現を読んだときrすぐに伝説的ノンフィクションが浮かんだ。米国のビッド・ハルバースタム著『The Best and the Brightest』である。1972年に発刊され「ニュージャーナリズムの傑作」としてベストセラーになった。1976年の日本語版『ベスト&ブライテスト』の「訳者まえがき」で浅野輔氏はこう書いている。

  <▲日本語訳『ベスト&ブライテスト』(3巻セット)>

 「最良にして最も聡明」であるはずの、アメリカの誇るべき英知のある人びとが、なぜあの残忍で愚劣きわまりないベトナム戦争の泥沼へとアメリカを引きこんでいったのか、それはアメリカにとって何を意味したのかを、ルーズベルト以来のアメリカの対外政策とアメリカ政治社会のありようから見事に描き出した。(『ベスト&ブライテスト①』 p19)

<▲カバーの筆者略歴>

 ぼくは1978年に新聞社に入り、79年1月に初任地富山に赴任するとすぐに日本訳を読んだ。ニュージャーナリズムは、それまで重視されてきた「客観性」より、記者が取材対象に主体的に関わり濃密に深く描くことを大事にする姿勢のことだ。沢木耕太郎『テロルの決算』(1978)も影響を受けた1冊だろう。

 猪瀬直樹氏は1983年3月に『天皇の影法師』でデビューした。2作目となるこの『昭和16年夏の敗戦』も、ニュージャーナリズムの手法を用いながら、日本のベスト&ブライテストが「日本必敗」の予測を導き出したのに、結果的には黙殺された経過を浮き彫りにしよう、との狙いがあったと思う。

 米国の精鋭たちが自国をベトナム戦争に引きずり込んでいたのと同じように、日本の精鋭たちが知恵を結集しても自国が対米開戦へ突っ込んでいくのを防ぐことができなかったのだ―と。それをニュージャーナリズムの手法で書きとどめたい―と。

 ぼくがこれまでに読んだ猪瀬氏の著作は下の3作。ノンフィクションの『ミカドの肖像』(1986年)と『ペルソナ』(1995年)も、ニュージャーナリズムの手法を意識していたと思われる。

<▲ぼくが読んだ猪瀬氏の著作>

官僚と政治家 事実と目的

 そんなことを思いながら読み進め、気になるところを読み返していくと、筆者が無意識に秘めていたものを垣間見る思いも強くなっていった。戦中の精鋭たちの優秀さと先見性を認めつつも、客観的でちょっと冷ややかな視線も隠していないのだ。

 彼らの戦後の経歴はキラ星のごとくであり、枚挙にいとまがない。しかし、彼らの体験のためであろうか、ついに一人も政治家になる者はいなかった。(p256)

 ベスト&ブライテストとして全国から集められた彼らが、究極のところ頼ったのは国力算定の数字であった。(中略)立場の代わりに”事実”(数字を含めたデータ)に執着し、そして事実を畏怖するようになっていく。(中略)
 ”事実”を畏怖することと正反対の立場が、政治である。政治は目的(観念)をかかえている。目的のために”事実”が従属させられる。(p259)

 猪瀬氏はこの本を書いてから約30年後の2012年、「政治家」として東京都知事選に出馬し、当選した。徳洲会からの不透明な借入金問題を追及されて1年で辞任するが、2022年から日本維新の会所属の参議院議員をつとめている。猪瀬氏はノンフィクション作家として世に出た時から、政治家志向を内に秘めていたのではないか。こんな一節からもそれを感じる。

 残念ながら、模擬内閣はひと夏のできごととして研究生らの胸のうちにただ秘められていくだけで終わった。”昭和20年夏の敗戦”と二つながらダブらせて追体験しようという試みは、戦後彼らのなかから自発的には湧きおこらなかった。”集められた”だけで、再度自らの意志で”集まろう”とはしなかった。(p259)

東條秀樹と天皇

 この本では、精鋭たちがつくる「模擬内閣」と並行する形で、本物の内閣も外交重視か開戦突破かで分かれ、議論が伯仲する様が描かれていく。単にぼくの知識が足りないだけかもしれないけれど、東條秀樹の言動に意外性を感じた。

 東條は近衛内閣では陸軍大臣として日米開戦を唱えた。主戦論に抗しきれず近衛内閣が総辞職すると、天皇のご下命で東條内閣が発足し、結局は御前会議を経て12月の真珠湾攻撃に飛び込んでしまう。

<▲映画パンフの東條>

 戦後に描かれた”わかりやすい構図”は、主戦論者の東条英機が率いる軍部が暴走し、開戦に否定的だった天皇をも巻き込んで日本を開戦に導いた、だろう。ところが、へえーっ、そんな一面もあったの? という場面が何か所も出てきた。

 たとえば昭和16年6月23日の朝、陸軍大臣室でのこと。米国の対日石油禁輸発動を受けて担当課長らが需給表を見せながら、油田がある蘭印(インドネシア)を占領して活路を見出すしか手がないと報告をしたところ、東條大臣の反応は予想外のものだった。東條の発言だけ切り出すと―

 「泥棒せい、というわけだな」
 「バカ者ッ、自分たちのやるべきこともやらずにおいて、のこのこと人に泥棒をすすめにくる。おまえたちがいつも提灯をもってきた人造石油があるだろ」
 「とにかく、ダメだというのでは困る。もっと研究してこい。私としては陛下に泥棒いたすしかございません、とは申し上げられんのだよ」
 「泥棒はいけませんよッ」
  (p162-163)

 もうひとつは、真珠湾攻撃の前日の昭和16年12月7日の未明の東條邸の場面だ。

 東條の妻カツは隣室から漏れてくる低いうなり声で目を覚ました。(中略) 東條は布団に正座し、号泣していたのだ。(中略) 東條にとって天皇への忠誠がすべてであった。(中略)天皇が自分を頼りにしているということは無上の至福であり重荷でもあった。ところが、天皇の意に反して”日米開戦”を決定せざるをえなくなったのである。(p115)

 よく知られた場面なのかもしれない。東條という男の振れ幅の一端を物語るだけの逸話なのかもしれない。ただ、精鋭たちの予測と真剣さが主題のこの本で、結局はそれを生かせなかった無念さを東條は抱いていたということも筆者は示そうとした、とぼくは思う。

NHKドラマと遺族の批判

 この本を読んだきっかけは、NHKが昨年の夏、この本を原案にしたドラマを放映したことだ。見逃したけれど、遺族が内容を批判したと新聞記事で知って、この本の存在が気になりだした。

 遺族の批判というのは、Wikipediaによれば、精鋭たちが集った「総力戦研究所」の所長だった飯村譲・陸軍中将の孫(元外交官)が記者会見し「祖父が卑劣な人間に描かれている」と述べたことだった。ドラマで研究所長は、自由な議論を阻害し日本必敗の結論を覆そうと圧力をかける人物として描かれていた、という。

 本を読んだぼくの印象は、前半のエピソードはどれも、精鋭たちの自由な議論を誘発しようとする人物として描かれている。陸軍中将でありながら語学や文学知識だけでなく、寛容さもユーモアも持ちあわせていたことも書かれている。

 しかし精鋭たちが昭和16年8月末に「日本必敗の予測」を発表した後、飯村所長は講評で、こんな辛口の評価も下している。筆者はそこに横線を引いている。

 ・一般に努力の跡を認むるも戦争の本質及総力戦に関する原則の理解不十分なるもの及思索考察の粗慢なるもの少しとせず
 ・単に対米、英衝突の遷延を目的とする外交策を採りたるは不可なり
 ・第7期演習(団野注=8月16日指示)初期の情勢に於いて尚対米、英開戦の決断に欠けたるは遺憾なり
 (p195-197)

 研究生のひとりが当日の日記に「講評がひどい、というので、みな憤慨していた」と記したともある。さらにこの講評の後に、飯村所長の”上司”である東條陸相が「これはあくまで机上の演習」「戦というものは計画どおりにいかない」と”総括”した。

 この本を読む限り、飯村所長は、生徒はよくがんばったけれどぼくの目からするとまだ勉強が足りないね、といった”校長目線”ではなかったかと僕は推察した。「結論を覆そうと圧力をかける人物」とまではいえない気がする。テレビドラマを観ていないので、それ以上はなんともいえない。

劇場版公開へ 主役は『豊臣兄弟』

 昨夏のNHKドラマは見逃してしまったが、議場版が7月末に公開になる。しかも主役と準主役は、いま放映中のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟』のふたり(池松壮亮、仲野太賀)だ。実生活でも仲がいいことで知られる実力派の男優。ぼくも毎週、欠かさずに観ている。

 <▲劇場版パンフレットの表(左)と裏(右)>

 監督・脚本・編集は石井裕也氏。石井監督の映画はこれまでに以下の2作を観た。印象記の日付とぼくがつけた見出しは―

夜空はいつでも最高密度の青空だ』(2019年1月)
 新鮮な映像で都会の生きづらさ描くも…

舟を編む』(2104年1月)
 映画から遠い世界 豊かな物語に

 面白そうな映画が公開を控えていて、面白そうな原作をもとにしているときは、映画の前に原作を読む―。それを流儀にしてきた。今回も従い、原作を読み終えたいま、映画がますます楽しみになっている。