4 評論 時代を考える

プーチン 習金平 トランプ 「失地回復」へ共振…川北省吾『新書 世界現代史』

「失われた栄華」への衝動

 プーチン(73)が2022年2月にウクライナ侵攻に踏み切ったとき、ぼくは”ロシア偏愛”を感じた。そのあと似た匂いを習近平(72)、トランプ(79)も発してきた気がする。筆者はそれを「レコンキスタ(失地回復)」と呼び、失われた栄華を取り戻したいという衝動が国を越えて伝わり、共振していると書いている。73歳のぼくからみると3人は同世代。彼らはなぜ共鳴しているのか、世界をどこへ連れていくのか。
 (講談社現代新書、2025年12月10日刊)

蘇るレコンキスタ(失地回復)

中日紙面で見て「?」

 ぼくが「レコンキスタ」という語句を知ったのは2022年3月、中日新聞の記事だった。ロシアのウクライナ侵攻の直後に夕刊で始まった大型国際インタビューの題名が「レコンキスタの時代」だった。共同通信の配信で、2週間に1度、掲載していくとあった。

 <▲レコンキスタの後継連載=2026年3月17日の中日夕刊>

 最初の印象は「なにこれ?」だった。読み進めると、プーチンら大国を率いるリーダーの行動原理に「失った栄華を取り戻したい」という衝動があるのではという問題意識とわかっていった。本書は、その連載を書籍用にまとめ直したもので、「はじめに」にこうある。

<▲新聞連載をまとめた新書。副題は「なぜ『力こそ正義』はよみがえったのか」>

 (レコンキスタは) 中世のヨーロッパで、イスラム教徒に占領された南欧イベリア半島の奪還を目指すキリスト教徒の失地回復運動を指す。既存の体制や秩序を打破し、過去の栄光を取り戻そうという場合にも用いられる。(3P)

 Wikipediaによれば、レコンキスタは、8世紀初頭から1492年のグラナダ開城までの抗争をさし、スペイン語およびポルトガル語で「再征服」を意味する。ただ、その言葉は16世紀の別の抗争を背景に生まれたとか「共有すべき過去を有する国民国家の形成に利するために19世紀につくられた造語」ともされている。本書の用法は後者だろう。

3人の言動を俯瞰

 筆者は連載で「レコンキスタ」に込めたコンセプトを、本書の「はじめに」できわめて明確に示している。

 プーチンと習近平、トランプをバラバラに見るのではなく、共通のトレンドライン(時代潮流)におけるロシア的、中国的、そしてアメリカ的な表現と捉えるよう心掛けた。
 3者を突き動かしているのは「失地回復(レコンキスタ)」への強烈な意志だ。だからプーチンはウクライナを再征服しようとし、習は「中華民族の偉大な復興」を唱え、トランプは「MAGA(米国を再び偉大に)」を連呼する。(p2-3)

 この横展開、大胆だけど、説得力を感じる。元記者として、元特派員として、紙面編集にデスクとして長くもかかわった新聞人のひとりとして。書店で本書を手にし「はじめに」を読むとすぐ読みたくなり、レジに進んだ。

筆者初見は「35年前の名古屋」

 ちょっと驚いたのは、筆者の川北氏が「レコンキスタ」という言葉を知ったのが、35年前の名古屋だったということ。事件記者として詰めていた記者クラブには民族派団体「一水会」から機関誌が届けられていて、その題号だった。しかし、そのまま胸の奥深くに「沈潜」していた、という。

 筆者はその後、特派員となり国際政治や紛争を追いかけてきた。国際ジャーナリストとして積み重ねのなかから、30年余年後にプーチンのウクライナ侵攻でよみがえり「発芽した」という。

 川北氏は国際的に活動する知識人や学者、政治家らへのインタビューをもとに連載を展開。2025年4月まで80回の連載をもとに、25年11月のトランプ再選後の動きも加えて書籍用に書き下ろし、昨年末に発刊された。

”ロシア偏愛”は感じたけれど

 ぼくもプーチンのウクライナ侵攻には驚いた。同じ1952年の生まれであるうえに、柔道家であり、一時はG7に加わり議長も務めた男がなぜ、と。本や映画を観て、こんな印象記を書いて、このサイトに公開してきた。

佐藤優『プーチンの野望』(2022年8月)
 自分=ロシア国家 仮面の奥に過剰な自己愛

小泉悠『ウクライナ戦争』(2023年2月)
 斬首作戦に失敗 ロシアに「高慢と偏見」
 プーチンの「民族再統一」
 元スパイの「大博打」

記録映画『プーチンより愛を込めて』(2023年6月)
 23年前に「祖国偏愛」萌芽
 大統領選「親身」演出
 撮影者に自責の念

 これらで書いたように、ぼくはプーチンに「ロシアへの偏愛」は感じた。習金平やトランプにも同じ匂いを感じてきたものの、レコンキスタへの”横展開”までは同調できなかった。しかし2期目のトランプを言動を見て、納得したのだった。

メトロノームの同期現象

 自宅で再度「まえがき」から読み始めて、この本にはもうひとつ大事なキーワードがあると知った。「メトロノームの同期(シンクロ)現象」だ。

 多くのメトロノームを一斉に起動させると、最初はバラバラに振動する。しかし、時間がたつうちに同調し、次第にリズムがそろっていく。「同期(シンクロ)現象」と呼ばれ、蛍の明滅などにも見られるという。
 古代の賢人は「万物は共鳴する」と喝破した。現代社会に生きる私たちにも同じことが言える。異なる国に暮らしていても、相互に作用し合い、メトロノームのように同調し、一つの時代潮流(トレンドライン)を形成する―。(p2)

 プーチンも習近平もトランプも「異形のストロングマン(強権指導者・独裁者)」だ。その言動や類似を合理的に説明してくれる解説は読んだことがなかった。

 冷戦後のグローバル化が生んだ経済格差やポピュリズムと反リベラルの広がり…いろんな事象が共鳴しながら、ロシアと中国とアメリカのそれぞれに「力こそ正義」と信じる指導者を産み出したのではないか―。この本はそんな問題意識に貫かれている。

共鳴の起点は2012年か

 そのメトロノームはいつ動き始めたのか。識者インタビューを重ねながら筆者がたどり着いた結論は「2012年」だった。この年から数年内にこんなことが起きている。

2012年5月 プーチンがロシア大統領に返り咲く
            ブレマー著『Gゼロ後の世界』刊行
        (主導国なき弱肉強食世界の到来)
   11月 習近平が中国共産党総書記に
2013年9月 オバマが「米国はもう警察官ではない」
    12月 中国が南シナ海の岩礁を軍事拠点化
2014年3月 ロシアがクリミアを併合

 2012年が起点だとする視点をヒントに、プーチン、習近平、トランプを比較できる一覧表が、冒頭にも掲げた「3人のレコンキスタ」だ。

 著者は、2014年から16年にかけてオバマ政権の国務省にいたマイケル・キメジ氏の言葉を紹介している。

 「冷戦終結後、リベラルな民主主義が失速し、リビジョニズム(修正主義)が勢いを増すトレンドライン(時代潮流)が形成され始めた。そうした歴史の転換は、恐らく12年ごろにロシアで始まった。それから中国、インドやトルコにも波及し、修正主義に立脚するストロングマン(強権指導者・独裁者)が次々と現れた。(p297)

トランプは突然変異ではない

 そして2016年11月、米大統領選で、公職経験がないトランプが元国務長官のクリントンを破る。民主主義大国を自認してきたアメリカが、ロシアや中国と同じように、ストロングマンを権力の頂に押し上げた。

 「トランプは遅れてきたリーダーだ」とキメジは言う。「彼は修正主義という新たな潮流の『生みの親』ではなく、ロシアから始まったトレンドに乗り、その系譜に連なる形で登場した」(p298)

 そもそも、トランプが出てくる前のアメリカで何が起きていたのか。本書にもたくさんの事例や証言が出てくる。その中からいくつかを拾うと―。

 89年にベルリンの壁が崩壊し、91年にソ連が消滅したことで、「リベラルな民主主義」が最終勝利したと錯覚し、(中略)アメリカは膨大なコストをかけて軍を世界に展開し、アフガンやイラクに攻め入り、テロ掃討や民主化に邁進する。『超大国の責任』に熱を上げるあまり、国内問題への対応がおろそかになった。(P305)

 最たる例が経済格差だ。グローバル化はエリート層を潤したが、アメリカ国内の製造拠点は人件費の安い国々に移り、多くの白人労働者が仕事を失った。(P306)

  トランプを勝利に導いた16年のアメリカ大統領選は、労働者や農民ら非エリートらによる都市部のエリートへの反乱だった。グローバル化の「負け組」による「レコンキスタ」だったのだ。(p302)

 トランプ前の米政権の中枢にいたエリートの何人かがインタビューに「そのときは、非リートの不満や変化に気づかなかった」と正直に明かしているのも印象に残る。

「力こそ正義」の3極支配へ?

  この先、国際秩序はどうなっていくのか。本書はエピローグで、エール大のキャディス教授のインタビューから「19世紀の欧州のような世界」に言及する。

 ナポレオン戦争後、イギリス、フランス、オーストリア、ロシアといった大国が「勢力均衡」によって平和を保った時代である。
 「そうした世界では、幾つかの大国が勢力圏を形成し、均衡を図っていくことになるだろう。トランプはアメリカの北にあるグリーンランドやカナダ、南のパナマ運河を組み入れ、勢力圏にしたいようだ。ロシアはウクライナ、中国は台湾に他国が手を突っ込むことを許さない」 (P315)

 怖いのは、そんな世界の「掟」だ。

 キャディスによれば、「勢力圏の世界」では、法の秩序が常に尊重されるとは限らない。弱肉強食の「ジャングルの掟」が横行し、「力こそ正義」が新常態(ニューノーマル)となりかねないという。(P316)

権威主義者に求めたハグ

<▲米政権公開のハグ写真=共同通信>

  そんな時代、すでに始まってしまっている。ロシアがウクライナに侵攻を始めてから4年もたつが収束の気配さえない。米国はことし1月にベネズエラ大統領を拉致したかと思えば、3月にはイスラエルとともにイランに侵攻し最高指導者を殺害してしまった。

 そうした大国の明白なルール破りを国連や国際社会は止められないでいる。

 戦後80年の間に積み重ねてきた日米関係の「常識」はもはや通用しない、として筆者は、次の一文でエピローグを終えている。

 われわれは今、力が信義をなぎ倒す荒れ野にいる。(中略)権威主義者が牙をむき、攻守逆転を狙う「レコンキスタ」の時代―。
 アメリカは、われわれと共にいるだろうか?(p319)


 この書評を書いているとき、わが国の首相は日本時間20日、ホワイトハウスに到着した際、出迎えたトランプとハグした。握手を求めた米大統領に、わが国の首相からハグも求めたらしい。ホワイトハウスが公開した写真(写真上)を見たときの戸惑いを、どう文字にすればいいのか、適切な言葉が見つからない。