2 小説 物語に浸る

なんでも屋がつなぐ伏線…6冊目の砂原浩太朗『藩邸差配役日日控』

四季の花そえ 哀歓とオマージュ

 ちいさな藩の江戸屋敷が舞台だ。若ぎみの失踪、入札の不正、妖艶すぎる女中、正室溺愛猫の不明…。なんでも屋である差配役の里村五郎兵衛が真摯に向きあい、権力争いもからんでくる。1年ぶり6冊目となる砂原タッチはやはり、四季の花が彩りを添え、哀歓が漂っていた。ちらちらする「?」を余韻と思いつつ読み進んだら、思いもしない形で最後はすべてがつながった。藤沢周平ら先人作家へのオマージユも心地よかった。
 (文春文庫、単行本の初刊は2023年4月)

花の色香 さりげなくそっと

 どんな花や鳥が出てくるか―。この作家を読む愉しみのひとつだ。目に留まったページの上端に折り目をつけていったら、20頁近くなった。花に絞り抜き出すと―

 いくらか前かがみになった影が消えると、咲き競う躑躅(つつじ)の赤が目に飛びこみ、わずかに痛みを覚えるほどだった。(p51)

 竹垣のうちには小さな庭がしつらえてあり、よく手入れされた植え込みのかたわらで、花蘇芳(はなずおう)の木が空を指して伸びている。(p70)

 左かたにつながる中庭では、あやめが紫の花弁を白日に晒している。(p107)

 目を向けると、寺の門前に咲く梔子(くちなし)が白い花びらを広げ、その奥から甘やかな匂いを発していた。(p167)

 客間から縁側へ出ると、中庭で咲く鶏頭(けいとう)が目に飛び込んできた。赤や黄の花穂を透かして午後の日差しが降りそそいでいる。(p214)

 (はぎ)や桔梗(ききょう)はとうに終わり、(かえで)が赤く色づいた葉を天に向かって差し出していた。(p256)

 これだけで8種類の花がでてくる。でもそれぞれの花の説明はワンフレーズにとどめ、物語のはざまにさりげなく、そっと添えてあるだけ。場面の季節や、花を見た五郎兵衛の心象は、読者の判断にゆだねられている。余韻を感じさせて、にくい。

中小企業の総務部長?

<▲文庫本を縦置きに>

 最初の厄介ごとは「拐(かどわか)し」だった。藩主の息子、若ぎみが上野へ花見に行って行方不明になった。何者かに攫われたかもと2日かけて大捜索を展開するも、なかなか見つからない…。

 この件が解決すると次は「黒い札」。日用品納入の入札に疑惑が持ち上がる。主人公が再入札へむけ詮索にかかると、藩邸内の権力争いの影も見えてくる…。

 4番目の「猫不知(しれず)」は、正室が愛する茶毛猫がいなくなる話。猫の似顔絵を配り、近くの猫を何十匹も捕まえるけれど、正室は首実検に「違う」とばかり…。

 主人公の差配役、五郎兵衛は、それぞれ真正面から取り組んでいく。現代なら、創業家が会長をしている中小企業のたたき上げ総務部長といったところか。物語の展開からは江戸の暮らしも垣間見えてきて面白い。

「滝夜叉」…歌川国芳展でも観た

 ぼくがいちばん面白かったのは、3番目の厄介ごと「滝夜叉(たきやしゃ)」だった。台所に雇われたお滝という女中があまりに妖艶なので男たちがざわつき、不穏な雰囲気が藩邸に漂っている…。どんな女かと五郎兵衛が台所をそっとのぞいたときの描写が、ちょっといい。

  細くのびた眉の下に切れ上がったまなじりが覗き、なにもかも吞み込むような深さをたたえた瞳がその奥に鎮まっていた。(中略)
 胸元は薄かったが、腰の位置がおどろくほど高く、わずかに見える足の指は不釣り合いなくらい小さく白かった。まるで女のまわりにだけぽっかり空洞が開いているようで、おぼえず目を吸い寄せられる。
 (p98)

<▲拡大した『滝夜叉姫』>


 この女は何者か。小説の次のくだりを読んでぼくは、あああれだ! と小さく声を上げた。 

 「それは滝夜叉(たきやしゃ)でございますな」(中略)
 「下総あたりの言い伝えじゃ。平将門の娘で、稀代の妖術使い。名を滝夜叉という」  
  (p99)

 そうだ、この言い伝えを描いた絵が、愛知県美術館で4月末に観たばかりの『歌川国芳展』にあった。『相馬の古内裏』という3枚つなぎ(写真下)。「滝夜叉姫」が左端に描かれていて、彼女が妖術で呼び寄せた巨大な骸骨は、展覧会パンフにも使われていた。

<▲歌川国芳『相馬の古内裏』=4月28日、愛知県美術館で>

「余韻」でなく「伏線」

<▲カバーの筆者略歴>

 筆者の文章は、花の描写でもわかるように、端正で繊細だ。すみずみまで味わいたくなるから、読者の多くは、細かなニュアンスの違いも逃さないようにと慎重に読んでいくだろう。

 ぼくも文章に出てくる花の色を浮かべつつ、いろんな難題とその解決を追っていくと、ほんのわずかだけれど「?」がちらちらと残ったのは気づいていた。でもそれらはみな、物語に奥行きや情感を漂わすため、花や鳥の描写をはさむように、筆者が意図的に残した「余韻」だろうとぼくは思いながら読み進めた。

 ところが物語も最後に近づいたころ、突然、思いもしない形で秘密が明かされ、すべての「?」がつながる。ところどころで感じた「?」は「余韻」ではなく、「伏線」だった。それがわかったときの心地よさ。まいりました。

哀歓とオマージュの6冊目

 砂原浩太朗氏の時代小説を読むのは、これが6冊目だった。これまで読んだ5作品の題名と印象記の見出しを、読んだ順に書き出すと次のとおりだ。

<神山藩シリーズ>

『高瀬庄左衛門御留書』 (2021/11/22)
 村回りの絵筆 老武士の実直
 美しきオマージュ

『黛家の兄弟』 (2022/06/13)
 覚醒する三男坊…
 端正な文章 巧みな伏線 前作に磨き

『霜月記』(2023/8/17)
 祖父→父→孫 奉行3代の葛藤
 花と鳥 旬の肴 移ろいも艶やかに

『雫峠』(2025/2/10)
 なじんだ風情に また どっぷり
 男女の哀歓 花の香 鳥の声

<▲これまでに読んだ砂原浩太朗氏の時代小説>

<市井もの>

『夜露がたり』(2024/06/19)
 予期せぬ変転 痛々しい哀切 決断の先に光明
 江戸庶民の哀歓 共鳴する鳥のさえずり

 共通するのは、江戸時代の男女の哀歓や、武士の矜持をていねいに描いていることだろう。文章はとことん端正だ。その季節の花や鳥の描写を品よく随所に織り込むことで、物語は情感を漂わせている。

 時代小説の先人、藤沢周平や池波正太郎へのオマージュに満ちていることも特色だろう。その筆致は、先人への尊敬をたっぷりと込めながら、書くたびに円熟味を増していると感じる。新たな境地を築きつつあるか、すでに築いていると感じるられるて、こちらもうれしくなる。