思い入れの7冊 引き金は『夏帆』

 名古屋大学のCommon Nexus (愛称コモネ)を9日に訪れ、ぼくが棚主になっているコーナーの展示本を衣替えした。4回目のテーマは「2006夏 ハルキワールド 思い入れの7冊」とし、村上春樹の著作を並べた。今月発売の3年ぶり長編『夏帆』が期待通りで、題名に「夏」があったのがきっかけ。77歳になった人気作家の世界観と浮遊感は、孫世代になる学生にも響くだろうか。

 <▲写真① コモネの Roots Books。ぼくの棚は黄緑色 =7月9日、団野撮影>

小説・随筆・翻訳 3分野の7冊

 コモネの棚には4月から「戦争を読む」をテーマに10冊を並べていた。米イスラエルが2月にイラン攻撃を始めたのがきっかけだった。展示本は春夏秋冬に衣替えすると決めていたので、6月に入ると「次」を考え始めていた。

 そのさなか、7月3日に刊行されたのが、村上春樹の3年ぶりの長編『夏帆』だった。朝いちばんに買って5時間で一気読みした。期待通りの面白さだった。『夏帆』の印象記をまとめながら思った。

 —作家の名前は春樹だけど、最新作のタイトルには「夏」がある。次のテーマは「村上春樹」にできないだろうか。

<写真② 自宅本棚の村上春樹コーナー>

 読み終わった『夏帆』を自宅の本棚に収めると、村上春樹は計20作品、25冊になっていた(写真②)。もっと読んでいるけれど、何冊かはだれかに貸したり、子どもたちが持ち出したままになっている。

 大半は小説だ。でも随筆も何冊かある。ランニングや音楽や旅のエッセイは楽しい。翻訳本の洗練された筆致も好きだ。

 あれこれ悩んだ末に3つの分野から、個人的な体験と結びつきがある7冊を選び、表札にこう記した。

  選んだ7冊は次の通り。読んだ日付、印象記に自分でつけた見出し(ゴチック)、個人的な思い入れ(※)を書き出すみると。

小説…平易な文章 思わぬ時空


①『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年(2013年5月)
 不均衡と隙間
 平易な文章が埋めていく
 ※「色のない名前」の主人公が、色のある名前を持つ4人の仲間と高校時代を過ごした故郷・名古屋へ戻ってくる。ぼくがいま住む街は、やっぱり「色のない街」として描かれるのだろうかと読み始めたら…。

②『一人称単数(2020年11月)
 なぜこの題名 コロナ禍の暗喩か
 ※ぼくは2020年6月に退職すると決まったとき、親しい同僚には「退職後は一人称単数に戻りたい」と話していた。退職の直前、村上春樹の新作短編集のタイトルがこれと知ってびっくりし、ちょっと誇らしかった。

③『街とその不確かな壁(2023年4月)
 変幻する時空 豊穣なる揺らぎ
 現実と夢 本体と影 往来する魂

※主人公が「どんな表現行為にも批評は必要だという一般原則がある」とつぶやく場面にしびれた。細々でもいいからブログは書き続けていけと背中を押された。

④『夏帆(2026年7月)
 発売日にいっき読み
 溶ける現実 時空を自在に浮遊

 ※発売日の新聞に掲載されたインタビューで筆者は、2年前に病気入院して17㌔も体重が減ったものの、また少しずつ走れるようになったと明かし「いま77歳だけれど、自分とは全然違うものの目で世界を見たいという気がある」と語っていた。ぼくはまだ74歳じゃないか。

随筆…走る 旅する 多彩な視点

⑤『走ることについて語るときに僕が考えること(2017年11月)
 芸術家=不健康  常識に真っ向異論
 ※ぼくも30代は熱心なランナーで、その後はゴルフに熱中してきた。「不健康な魂もまた健全な肉体を必要としている」。この一文に深く首肯したのだった。

⑥『ラオスにいったい何があるというんですか?(2018年4月)
 小難しい単語はひとつもないのに
 ※ この変わったタイトルの答えは「そこに何があるか前もってわかっていたら、誰もわざわざ手間暇かけて旅行になんて出ません」。ラオスは、ぼくが25年前に3年駐在したバンコクの隣国。”古き良き日本”が感じられて大好きだった。

翻訳…オマージュと洗練の筆致

⑦『ロング・グッドバイ(2014年6月)
 「建て替え」の新訳
 ますます細部を冗舌に

 ※ この本が出たのは1953年。ハードボイルドの探偵小説なのに、当時の新聞や放送の報道の独善を強く批判する場面が出てきて仰天した。この本を読んだころぼくは新聞編集のど真ん中にいて、同じようなメディア批判が強くなっているのを感じていたからだ。メディアってぼくが生まれたころからそうだったのか―。チャンドラーって、ハードボイルドでもこんなに”寄り道”をしていたのか―。

旅→映画原作→戦争→村上春樹

 Common Nexus(愛称コモネ)は、名古屋大学のグリーンロードに建設され、昨年7月に開館した。設計は岐阜出身の小堀哲夫氏。新広場でもある屋根は反り返っている(写真③)。地下鉄駅と直結した地下1階通路にさまざまな空間が連なっていて、大学と社会とをつなぐ様々な催しが連日、開かれている。

 <▲写真③ 四谷・山手通りから見た名大コモネ=2025年7月、団野撮影>
 <▲写真④ 地下通路から小上がりにある「Roots Books」=7月9日、団野撮影>

 真ん中にRoots Booksという巨大な本棚があり(写真④)、幅56cmの区画ごとに棚主を募集していた。ぼくはオープン直後にそのひとつを借りて棚主になった。並べる本は季節ごとに衣替えすることにし、その体験記も書いてきた。

Ver.1  2025夏  すべては「旅」から始まる
   (写真下、2025年7月~12月)

Ver.2  2025冬 小説から映画そしてブログへ
   (写真下、2025年12月から2026年4月)

Ver.3  2026春 「戦争」を読む 「狂気」を考える
   (写真下、2026年4月~7月)

Ver.4  2026夏 ハルキワールド 思い入れの7冊
   (写真下、2026年7月~ ? )

本棚は人生を表す

 棚主コーナーの展示本をひとりの作家に絞るのは、これが初めてだった。これまでの4つのテーマや展示本を眺めると、硬軟ばらばら。よくいえば「何でもありの幅の広さ」、悪く言えば「ひとつに絞れない器用貧乏」といえるだろう。

 でもそれは自分そのもの、これまでの人生の反映なのだと、74歳になってはっきりと自覚できるようになった。本棚は人生を表す。