

映画の原作20冊 ヒントは『国宝』
名古屋大学の交流施設ComoNeを12月4日に訪ね、ぼくが棚主になっている区画の展示本をすべて衣替えした。新テーマは「小説から映画そしてブログへ…ひと粒で3度おいしい」。原作を読み映画も観て心しびれた作品群から、印象記も書いた原作を20冊、自宅の書棚から選んで持ち込んだ。映画の大ヒットで7年前の原作小説にも火がついた『国宝』がきっかけ。本と映画とブログを往復しながらの選書は「4度目のおいしさ」だった。
<本文の目次> クリックすると そこへ飛びます
■『国宝』…映画人気が小説へ還流
小説『国宝』(写真左)は2017年から翌年にかけて朝日新聞に連載され、18年9月に単行本が出ていた。読んでいなかったけれど、李相日監督が映画化し6月に公開されると知って興味が沸いた。こんな時は「まず原作から」がぼくの流儀。先に小説を読んで印象記を書き、公開前日にアップした。


<▲(左)小説『国宝』(右)映画『国宝』=HPから>
映画『国宝』(写真右)は6月6日に公開され、ぼくは1週間後に観て、小説との違いを軸に印象記を書きそれもアップした。映画は日を追うごとに人気が高まり、東宝は11月24日、興行収入が日本の実写映画では歴代1位になったと発表した。
その人気は原作小説にも及び、朝日新聞社は10月末には累計200万を突破したと発表した。wikipediaによると、映画公開後に160万部以上もの重版になった。
小説→映像化 潔い絞り込み奏功
ぼくは、後で観た映画が、若者ふたりの歌舞伎に賭ける熱情と、演舞場面の映像に焦点を絞っているのに驚いた。小説が描く多彩なひと模様は、映画では潔くカットし、必要最低限に絞り込んでいたのだ。
それが、映画を先に観た人に「原作も読み、もっと深く知りたい」という気にさせたのだろう。原作と映画の見事な連携、たぐいまれな補完関係になったのではないか。
ぼくは小説『国宝』という「ひと粒」から、映画、そして印象記(ブログ)執筆という楽しみも味わえた。タイトルの「3度おいしい」はそこからつけた。そこでこんなプレートを棚の上部に掲げた。学生さんたちに伝わるだろうか。

■新しい20冊 選ぶ楽しさの1週間
新しく並べた20冊は「原作も読んだ映画のうち、印象記をホームページ『晴球雨読』で公開している作品の原作」を条件に1週間かけて選んだ。一覧表の年月は印象記をアップした月で、映画の題名が原作と異なる場合は「→」で表記した。短評は印象記から抽出した。
①藤沢周平『たそがれ清兵衛』 2004/11
清く正しく 剣の遣い手 気立ていい女性
②藤沢周平『隠し剣 鬼の爪』 2004/11
(映画)『清兵衛』の香り 異なる夫婦愛
③藤沢周平『隠し剣 谺返し』 2007/01
→『武士の一分』
(映画) キムタクさすが 剣の切れには不満

<▲①たそがれ清兵衛 ②隠し剣鬼の爪(所収) ③隠し剣谺返し(所収)>
もっとも古い最初の3本は、藤沢周平の時代小説を山田洋次監督が映画化した「3部作」だ。原作は以前に読んでいて、映画の印象記をノートに書きとめたのが2004年。このとき初めて、原作と映画と印象記を重ねて味わう面白さを知った。52歳だった。このリストはあれから21年の年表でもある。
④松本清張『砂の器』 2007/02
(映画) 切なさと哀感 30年後もあせず
⑤平山譲『還暦ルーキー』 2007/07
→『ありがとう』
(映画) 被災ゴルファー 奇跡と感謝
⑥新田次郎『剣岳 点の記』 2009/07
(映画)蘇る記憶 35年前の登頂 錫杖記事
⑦山崎豊子『沈まぬ太陽』 2009/12
(映画) 武骨さに共感 原作スケールに脱帽




<▲④砂の器 ⑤還暦ルーキー ⑥剱岳点の記 ⑦沈まぬ太陽>
⑧森沢明夫『あなたへ』 2012/08
(小説+映画)脚本もとに同時 異例の”競作”
⑨東直己『探偵はバーにいる』 2014/05
(小説)酒場舞台の探偵劇 ススキノならでは
(映画)大泉のコミカル&骨太 小雪の純情
⑩ダン・ブラウン『ダ・ビンチ・コード』
2016/01
(小説)うん蓄の海 伏線と知的スリルの連続
(映画)原作読み再見 やっと全容理解
⑪半藤一利『日本のいちばん長い日』
2015/05
(原作)伝説の「玉音」 戦後70年にやっと
(映画)玉音へ「凝縮」 映像化の難しさ




<▲⑧あなたへ ⑨探偵はバーにいる ⑩ダ・ヴィンチ・コード ⑪日本のいちばん長い日>
⑫内館牧子『終わった人』 2019/01
(小説)定年後のもがき活写 いずれぼくにも
(映画)自分とだぶらせて 観入ったけれど
⑬佐伯泰英『居眠り磐音』 2019/05
(小説)ついに完結 やっと読了 最長不倒
(映画)コアなファン向け 剣法シーンが命
⑭村上春樹『ドライブ・マイ・カー』
2021/08
(小説)心と性の深淵 男と女の暗い闇
(映画)棒読みと演技 蘇る19世紀の台詞
⑮加藤正人『碁盤斬り』 2024/06
(小説+映画)囲碁の黒白 武士の矜持 日本風情




<▲⑫終わった人 ⑬居眠り磐音 ⑭ドライブ・マイ・カー(所収) ⑮碁盤斬り>
⑯浅田次郎『母の待つ里』 2024/10
(小説)田舎生まれのぼくも実家を何度も重ねた
(TV)「おふくろ」の呵責に焦点 更なる高みへ
⑰村上春樹『神の子どもたちはみな踊る』
→『地震のあとで』 2025/05
(小説)大震災 魂のしこり 底で共振
(TV)阪神から30年 東北もコロナも
⑱吉田修一『国宝』 2025/06
(小説) 歌舞伎の深遠 ほとばしる熱量
(映画) 映像でしか描けない深淵そこに
⑲カズオ・イシグロ『遠い山なみの光』
2025/09
(小説+映画) 原作の余白 映像が埋めていく
⑳柚月裕子『盤上の向日葵』 2025/10
(小説)ぶつかりあう才気 のしかかる出自
(映画)将棋に魅せられ 男たちの業火と葛藤




<▲⑯母の待つ里 ⑰神の子どもはみな踊る ⑲遠い山なみの光 ⑳盤上の向日葵>
この20冊を選び、文章をまとめるのに1週間かかった。20年も前の記憶をたどり、印象記を読み返しながらの作業は、マイ棚展示第1弾の『旅』の時と同じように、豊かな時間になった。
■「ひと粒…」もとはグリコ宣伝

サブタイトル『ひと粒で3度おいしい』の元はもちろん『1粒で2度おいしい』だ。
ネット検索すると、江崎グリコが1955年に発売したキャラメル「アーモンドグリコ」のキャッチコピー、とある。「キャラメルの風味」と「アーモンドの香ばしさ」を同時に味わえる、という意味らしい。ぼくも幼少時から目と耳になじんできた。
覚えやすく、わかりやすい。このフレーズはやがてキャラメルを離れ、「一石二鳥」とか「一挙両得」を著す慣用句に育っていった。
ぼくの場合は、小説と映画とブログの「3度」なので、近江商人の「三方よし」に近いかもしれない。
■第1弾は「旅」 棚主交流会でも紹介

ぼくの棚がある交流施設ComoNe(コモネ)は、母校・名古屋大学の東山キャンパスのグリーンベルトに建設され、ことし7月にオープンした。反り返った屋根、内部空間に作り込まれた多彩な仕掛けにワクワクし、ど真ん中にある巨大本棚ROOTS BOOKSの棚主のひとりになり、幅56cmの区画ひとつを借りた。

最初の展示は7月14日に終えた。大学はすぐ夏休みに入るので、テーマは「すべては旅からはじまる」とし、ぼくが影響を受けた旅の本を20冊並べた。最初に選びたかったのは小田実『何でも見てやろう』だったけれど、なぜか自宅の書棚に見当たらなかったのが、残念だった。


でも月に一度の棚主交流会「ひととなりBOOKS」に救われた。11月26日の第4回交流会にゲストとして呼ばれ、テーマも「旅」になった。ぼくは『何でも見てやろう』の最新文庫版を買って再読し、その印象記を書き、交流会でも紹介できた。
新しい20冊はどんな受け取られ方になるだろう。12月20日(土)午前の第5回交流会では、ぼくがホスト棚主になる予定。原作と映画、どちらを先に味わうか。映画は原作を越えたか―。ほかの棚主さんとそんな話ができたらうれしい。
