「赤ひげ」舞台に異次元ミステリー…砂原浩太朗『小石川養生所青春譜』
主人公は見廻り同心 周到に伏線

時代小説作家、砂原浩太朗の最新作はなんと、山本周五郎の小説や映画で有名な「赤ひげ」の診療所が舞台だった。しかし主人公は医者ではなく、弱冠20歳の見廻り同心。周到に配した伏線を回収しながら、思わぬ結末へと導くミステリーに仕立て直した。さらに若者の成長過程を細やかな筆致で描くことで先人にオマージュを捧げつつ、これまでの「赤ひげ」とはまったく異なる世界を描き出している。
(光文社、2026年7月30日発刊)
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「小石川」といえば「赤ひげ」
「小石川養生所」は江戸時代にあった無料の医療施設だ。享保年間(1716~1736)に徳川吉宗の命で幕府が設置した。山本周五郎が1959年に発表した小説『赤ひげ診療譚』の舞台となった。「赤ひげ」は頑固な老医師、新出去定(にいで・きょじょう)のことだった。
この小説を黒澤明監督が1965年に『赤ひげ』の題で映画化し、赤ひげは三船敏郎が演じた。1972年にはNHKが小林桂樹を配したドラマ『赤ひげ』を49回にわたって放映し、「小石川養生所→赤ひげ先生」の連想が定着した。さらに2017年からはNHKBS時代劇で船越英一郎主演の『赤ひげ』が始まり、2022年まで断続的に33本が放映された。



<▲歴代の新出去定 (左)映画の三船敏郎=wikkipediaから (中)NHKドラマの小林桂樹=NHKサイトから (右)BS時代劇の船越英一郎=NHKサイトから>
恥ずかしながら、ぼくは原作小説は読んでいない。映画とドラマのうち、まずBS時代劇『赤ひげ』を生で観た。さらにことし初め、NHKテレビの黒澤監督シリーズのなかで『赤ひげ』をやっと観た。だからぼくも今回の小説の題名『小石川養生所青春譜』を見て、すぐに「赤ひげの若いころの話 ?」と想像した。
主役は20歳の同心
ところがどっこい、主人公は「20歳になったばかりの南奉行所の同心」だった。あの養生所ものになぜ同心 ? 読者の素朴な疑問に応えておく必要を筆者も感じるのだろう、第一章の冒頭ページにこう書いている。
小石川養生所は八十年ほどまえに創建されたもので、極貧や独り身の者など、行き場のない病人を救うための施設だった。薬草の栽培がおこなわれる御薬園(おやくえん)のうち千坪が敷地に当てられ、町奉行所の扱いとなっている。南北両奉行所から、養生所見廻りと呼ばれる与力と同心が1日おきに詰めて目を配っていた。(p5)
新しい主人公の名は結城長三郎。父も小石川養生所の見廻り同心だったが、病気で10日前に急逝した。江戸時代だから、長男の長三郎が役職も世襲することになり、養生所に”初出社”する場面から小説は始まる。この冒頭は、映画『赤ひげ』へのオマージュだろう。最後にあらためて触れたい。
父は仕事に熱心で家族を顧みなかった。長三郎は、生前の父の働きぶりに触れるたびに複雑な想いを感じながら、少しずつ成長していく。題名に「青春譜」とある所以だ。父と子の確執、息子の成長物語は砂原作品の主題のひとつ。『霜月記』(そうげつき、2023年7月)は祖父、父、孫へと奉行職を世襲した3代のそれぞれの葛藤を描いて出色だった。
置き土産 手下と紙片

小説は7つの短編からなっている。どれも小石川養生所が舞台で長三郎が主人公なのだが、事件や騒動をおこす人物は変わっていく。それぞれの編で物語はほぼ完結するものの、積み残したままの伏線もあり、次へと先送りされていく。
ばらばらに起きていく事件をつないでいくのが、長三郎が身辺でときどき見つける紙片だ。短い文字が書いてある。あるときは弁当箱のなかに「ひだかや」、あるときは書類束のあいだに「もととりごえちやう」と―。
仕事熱心だった父が密かに、養生所のなかに手下(てか)を配置していて、紙片は手下からの内密情報らしい。だが、いったいだれが書いた紙片か、その文字が何を示すか、新米の長三郎には見当もつかないまま、騒動や事件が起きていく。
長三郎は養生所で下働きをしている男女との接触を通じて、だれが亡父の手下だったのか、文字の意味は何かを探索していく。ぼくも長三郎が交わす会話や、長三郎の目に映る光景を文字で追いながら、一緒に探っていったのだった。
そのあたりの構成の巧みさは、5月に読んだ『藩邸差配役日日控』(2023年4月刊)を思い出した。
お気に入りは『眼(まなこ)の壁』

7編の連作短編のうち、いちばん気に入ったのは『眼(まなこ)の壁』だった。養生中の70歳近い老女、おなつ婆さんをめぐる騒動だ。目がそこひ(現在の白内障、緑内障)のため、まもなく視力を失うことを本人も知っている。
いまのうちに見ておきたいものがあるから外出したい―。おなつ婆さんの強い願いを与力が今回だけという条件で許し、看病人おそのとふたりして街へ出かけていくが、おなつ婆さんは日本橋でいなくなってしまう。
おなつ婆さんを探すため、長三郎が与力の命を受け、おそのと連れ立ち日本橋へ向かう。そこからの展開に、この小説の魅力が詰まっている気がする。伏線の配置と回収、父子と男女の機微、ラストの鮮やかさ…。
朝日連載『早雲』と同調
それらを支えているのが、細やかで繊細な文章だ。長三郎と看病人おそのが、日本橋から浅草へと向かう道すがらの会話が印象に残る。ふたりの間に漂う淡い想いと、長三郎が亡父に抱く葛藤が見え隠れしている。
「—父上さまはご立派な方でした」
おそのの方から先に声をもらす。胸の奥でなにかが引き絞られるような心地に見舞われた。気がつくと、ふたりとも歩みが遅れがちになっている。すこしゆっくり歩きたいところだったから、ちょうどいいともいえた。
「立派…」
それはそうだろう、と思った。母や長三郎はそっちのけで、お勤めに励んでいたのである。それでいて立派でなかったというなら、こちらも浮かぶ瀬がない。手下のことは頭から消し飛び、さまざまな思いが渦巻いて息がつまりそうだった。
(p64-65)
ここを書き出してみてから気づいた。この筆致、筆者がいま朝日新聞朝刊で連載している小説『早雲』と同じだ。文のリズム、字面、語感…。ぼくはこれまで、新聞の連載小説は1回の行数が少なすぎてもの足らず敬遠してきた。本になってから読めばいいと。でも今回は毎朝、楽しく読めている。その理由はどうやら、この筆致にあるらしい。

鳥の声 季節の花
この作家を読む愉しみは、鳥の啼き声や花のいろどりが、とても自然に出てくるところにある。この小説でも、控え目ながら随所に出てきた。以下はその一部だ。
そのあたりから頬白(ほおじろ)のような囀(さえず)りが響き、耳の奥をよそがせる。(p10)
門をくぐったところでは、たっぷりと朱を孕んだ日ざしが躑躅(つつじ)の植え込みを照らし出している。(p16)
油蝉(あぶらぜみ)と郭公(かっこう)の啼き声が競うごとくに響き、ただでさえ応える暑さが三割がた増していると感じる。(p111)
黄色い筋の入った翼が視界の隅をかすめる。庭の真ん中に立ち杉の木から、雉鳩(きじばと)が飛び立つところだった。それにつれ、籠もったような啼き声が耳を騒がせる。(p214)
こうした描写は、神山藩シリーズ第4弾『雫峠』、第3弾『霜月記』でもたっぷり味わい、印象記でも引用してきた。こうして自分の手で書き写すたびに、筆者が文字づかいに細心の注意を払っていることを、あらためて感じる。
オマージュと挑戦 絶妙の均衡


ぼくが読んだ砂原浩太朗の時代小説はこれで7冊になった。どの作品でも、時代小説の先人である藤沢周平(1927~1997)や池波正太郎(1923~1990)へのオマージュを感じてきた。
そして今回はすばり、山本周五郎(1903~1967)ときた。それも、代表作のひとつ『赤ひげ診療譚』の小石川養生所を舞台に選び、同じように連作短編の形をとっている。
主人公は老練な医者「赤ひげ」ではなく、急逝した父の役職を世襲したばかり、まだ20歳の見廻り同心、結城長三郎にした。まったく別の設定に思えたが、小説は長三郎が養生所に”初出勤”する場面で始まる。これって黒澤映画『赤ひげ』の冒頭と同じだ。映画も長崎で蘭学を学んできた若き医師、保本登(加山雄三)が養生所の門をくぐる場面から始まる。
しかも映画の保本は、武骨な赤ひげや貧乏くささに当初は反発するが、やがて腕の確かさと人望の高さに心を動かされて成長していく。小説でも若き長三郎は、父が養生所に遺した手下たちの協力網に助けられながら成長していく。山本周五郎の小説は『…診療譚』、砂原浩太朗の最新小説は『…青春譜』。これらはみな、山本周五郎と黒澤明監督へのオマージュだろう。
そのうえで、新しい小説の展開は、映画やドラマとは趣が違っていく。亡父は養生所に不正があることを前提に手下を忍ばせており、息子はその情報を生かしながら解決していくいく。小説に出てくる医者や診療所の様子も、これまで描かれた「赤ひげ先生」や「小石川養生所」のイメージからは遠い。
筆者は、だれもが知っている名作を尊敬しつつ、同じ舞台を使って、まったく読後感が異なる、自分なりの物語世界を描き出してみせた。オマージュと挑戦が絶妙な按配で均衡している。筆者の矜持は、これから先、どんな作品を産み出すだろうか。
