4 評論 時代を考える

Benjamin Fulford『泥棒国家の完成』

盗人は「政・官・業・ヤクザ」 確信深め過激に 

 (光文社、2004年3月)

 この人の本を読むのはこれで3冊目だ。前回の『ヤクザ・リセッション』から1年。内容はどんどん過激になり、かつ、確信を深めているようだ。

 主張は一貫している。日本国民の税や幸福が、政・官・業・ヤクザの4者によって盗まれている。マスコミにはそれを書く勇気がない。臆病cowardになってしまっている。勇気をなくしてしまっていることが危機だと。

 示されている事例は豊富だ。筆者がほかに書いた記事も信頼がおける。

 根源的な問題は不良債権、国の借金、道路、年金、郵貯にある。これらがみな政治家や官僚、もしくはヤクザに絡み取られているとすると、どうやって突き崩していけばいいのか。ぼくにできることは、cowardにならずに、勇気をもって真実を書くことなのだろう。

 45ページに「グローバリゼーション以前の世界には、世界各国にはそれぞれのルールがあった。それを表すジョークに次のようなものがある」として以下の比較が載っている。

  • ドイツでは、禁止されていることは禁止されている。
  • イタリアでは、禁止されていることもときには許される。
  • ソ連では許されたこと以外はすべて禁止されている。
  • イギリスでは、禁止されていることも許されていることも法律には書かれていない。
  • アメリカでは禁止されていること以外はすべて許されている。
  • 日本では、禁止されていることも許されていることもすべて官僚にお伺いをたてなければわからない。

 筆者はこのジョークを「この話に大笑いできる日本のビジネスマンはいないだろう(中略)。いままた官の裁量行政がいっそう強化されている」と結んでいる。

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