苦しみ 自責の念 喪を癒す葛藤を映像に
(河瀬直美監督、公開2007年6月、NHK)
第60回カンヌ国際映画祭で審査員特別大賞を受賞したという記事が28日夕刊に載った。その末尾にNHKが29日夜にハイビジョン放映するという短信がついていて自宅で観た。ひと月ほど前にやはりNHKで河瀬監督を紹介するドキュメンタリーを観ていたこともあり飛びついた。
前半は監督が住む奈良の田舎の田園風景、老人たちの穏やかな表情と声が美しい。とくに茶畑が織りなす幾何模様と風にそよぐ樹々からくる視感が、監督の豊かな感受性を映し出している。
日本の田舎、やはりいいなあと思う。思わずぼくが育った舞鶴の山奥の初夏、6月から7月にかけての美しさを思い浮かべた。
中盤あたりから認知症の男性と、介護士の女性(息子を事故でなくしたばかり)の森のさまよいが始まる。
ともに森の中の細道をさまよい、渓流に流される。夜には雨露をしのぎ、そして老人の妻の墓にたどりつく。
この過程で女性は息子の死を受け入れ、喪に服し、苦しみや自責の念から癒されていく。国を問わず、人種を問わず、だれにもある心の葛藤を映像に落とし込んだ。
殯(もがり)という語は、恥ずかしながらぼくは初めて聞き、触れた。手元の辞書によれば「昔、貴人の死体を葬る前に、棺に納めてしばらく安置したこと」とある。この言葉をコンセプトとタイトルに選んだ河瀬監督の絞り込みの力に拍手を送りたい。