友情と恋 痛々しいまでに瑞々しい
(文春文庫、初刊は1988年)
この作品のドラマは3年ほど前にNHKで観ていた。その時に「小説はもっと豊かなはず。先に原作を読めばよかった」と悔いた記憶がある。
いまやっと原作を読んでみて、この作品に関しては「小説が先か映画が先か」という二択議論は、むなしい。元の小説がすべてだった。
藤沢作品はバンコク駐在時からいくつか読んできた。その多くは枕本だった。ほろ酔い加減のまま眠りに落ちる寸前の至福のときの友であった。登場する武士や町人やおなごの心情が、いかに軽やかなまどろみと眠りをもたらしてくれたか計り知れない。
この作品には藤沢氏が描く世界のすべてが詰まっている。用心棒や隠し剣シリーズにでてくる剣士の技と心、海坂藩の人たちの暮らしと心情、江戸と地方のきしみ、上士と下士と百姓のあつれき…。
なかでも若者の友情と恋が痛々しいまでにみずみずしい。あまりに鋭敏で、死をも呼び込むような熱情をはらんでいる。
この読後感は久しぶりだ。いや、10年以上もなかった充実である。