脚本もとに同時制作 異例の”競作”成功
小説の映画化なら、多くの場合、先に小説を読んでから映画を観た方がより楽しめる、というのがぼくの経験則だった。だからぼくは先に小説を読み、すぐあとに劇場で妻と映画を観た。
- 小説は、映画の脚本(青島武)をもとに作家の森沢明夫が創作して書き下ろし、2012年2月に幻冬舎文庫から発刊された。
- 映画は降籏康男監督が撮り、小説から半年後の2012年8月に公開された。
つまりこの小説と映画は、映画の脚本をもとに同時スタートし、作家は文字で肉づけし、監督は演出やロケ地、カメラワークなどで表現した結果らしい。こんなの初体験だけど、活字と映像のそれぞれの良さをダブルで楽しむことができた。
小説と映像の違いにも目がいった。それは特に、主人公(高倉健)の妻の洋子(田中裕子)の言葉の数に出た。
小説では、高倉健が旅先で知り合った元高校教師(ビートたけし)との会話で、妻の座右の銘だとしてこう語る。映画では出てこない。
「他人と過去は変えられないが、自分は変えられる」
「人生に賞味期限はない」
もうひとつ、健さんが長崎の平戸で受け取って読む2通目の手紙は、映画では「さようなら」だけだった。小説では感謝の文章が3ページ続き、ぼくは涙が出た。
このあたり、なにせ映画の主役は「寡黙な健さん」なのだ。なるだけ言葉は減らし、健さんの表情やしぐさで感じる余韻を重視したいという狙いだったとぼくはみる。
■ロードムービーの名作に
健さんはキャンピングカーに乗って富山から飛騨高山、京都、竹田城、瀬戸内、そして妻の古里の長崎へと向かう。途中で会ったビートたけしはあやしい男だが、なんと山頭火の詩を愛誦している。
人生のあかがこびりついてきた男が、哀感を伴いつつ、自由なひとり旅の気楽さと魅力も感じていく―。ロードムービーの名作となるだろう。そういえば健さんは、やはりロードムービーの傑作『幸福の黄色いハンカチ』でも主役だったなあ。