2 小説 物語に浸る

池波正太郎『剣客商売1・2』

還暦の剣豪と二十歳娘 こんな夫婦が主役とは 

 (新潮文庫、初刊は1973年)

 驚きである。こんな魅惑的な小説が昔からあったなんて。

 なんといったって主人公の秋山小兵衛は、シリーズ開始時点で60歳。ぼくのいまとほぼ同じである。解説の常盤新平が書く「枯淡の粋」の年齢に達していながら、なんと二十歳の娘に「手をつけて」しまい夫婦になる。

 剣は無茶苦茶に強い。だれかを手助けしたりしてもらった金は遠慮なく受け取る一方で、周辺のお気に入りの男女に惜しげもなく分け与えていく。息子の大治郎への接し方も理想の父親に近いのだ。

 こんな男の小説を昭和40年代半ばに発表していたなんて。そのころぼくはまだ大治郎の年齢で、この小説を仮に読む機会があったとしても、魅力は感じなかっただろう。よくぞいま目に留まり、読み始めたものよ。

 それと同時に、昨年に全51巻を読み終えた『居眠り磐音』シリーズ(佐伯泰英著、双葉文庫)はうんと後の作品だが、剣客商売を強く意識しながらスタートしたのではないかという思いがふつふつと沸いてきた。

  • 時代はともに田沼意次が全盛のころだ。しかし秋山は意次と極めて近く、大治郎は意次の娘を妻にする。磐音は意次と対峙し、命をかけて戦う。
  • どちらも父は子を一人前の男として扱い、誠実に接する。
  • ともに商家、十手遣い、女中、女将、うなぎ屋などが江戸文化を彩る。
  • 大治郎の妻になる三冬、磐音の妻になるおこんは、ともに凛としている。

 たしかに似てはいるが、持ち味や読み味はずいぶんと違う。『剣客商売』には情緒や人生の深みが多く詰まっている。『居眠り磐音』はもっと純真で愚直に生きる剣士の魅力が前に出ている。どちらもいい。

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