2 小説 物語に浸る

藤沢周平『龍を見た男』

切り取られた運と欲 どの短編も完璧

(新潮文庫、初刊は1983年8月)

 1983(昭和58)年に書かれた短編集だ。ぼくが富山支局で記者生活を始めて5年ほどたったころである。当時もノンフィクションや推理小説はそれなりに読んでいた。だけど時代小説には何の関心もなかった。そのころ藤沢周平は時代小説家として絶頂期を迎えつつあったのだ、といまになって知る。

 きれいごとで終わらない 理不尽なままでもない

 収められている11の短編のどれもが完璧すぎて、どう賞賛していいかわからない。江戸の職人や商人や侍たちの人生と運と欲とを見事に切り取って映し出してくれる。

 決して単純なきれいごとでは終わらせない。かといって理不尽なまま投げ出してしまうわけでもない。人生いろいろあるけれど、捨てたもんじゃないと読後に思える終わり方だ。

 このところ並行して池波正太郎の『鬼平犯科帳』も読んでいる。このふたりの作家の味わいの違いはとても大きい。藤沢の代表は海坂藩で、全体に染み渡る哀しさ、暗さ、湿っぽさがたまらない。池波正太郎は江戸の街そのもので、乾いた上品さと粋、ドライでクール、都会っぽさが魅力だ。

 ぼくは日本海側の生まれ育ちで、富山支局にも6年いた。そのDNAからだろうか、好き嫌いだけならやはり藤沢の世界が性に合う。

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