なまこ壁とレッド 評価は10年後か
(名古屋・伏見)
建て替え工事中から、前を通るたびに何度も見上げてきた。そして今回、竣工後初めて内部に入ることができた。杮落とし「四月大歌舞伎」の招待券をいただいたので、妻と出かけた。
エントランスは伏見通り側の角に設けられた。大階段を上がって2階へ向かう。右側にはエスカレータを配し「非日常空間への誘い口」として成功している。待ち合わせた観客の集い方と似合っていた。スマホによる記念撮影のバックとしても機能していた。
レッドというべきか赤というか朱色というか、この色の全面的な採用が内外デザインで大きな比重を占めている。エントランスの壁や天井、ホワイエ・ロビーの床、劇場内部の床と椅子、そしてトイレにと徹底している。色合いは悪くはないと思うのだが、ぼくは少し「くどさ」を感じた。
このくどさは、内装に多様性がないことからもたらされているように見える。「レッド」以外はクロス、吹き付け、PC版、合板などに限られていて、安っぽさがどうしても抜けない。内部空間に奥行や深みが出てこないのだ。ロビーはともかく、肝心の劇場内壁もその流れにあり、ちょっと悲しくなった。関係者はそんなことは百も承知だったろう。劇場門外漢のぼくでも、資金が十分ではなく苦労されたのだろうなあと同情してしまった。
なまこ壁はもとの建物にも一部に使われていたモチーフ。外観の決め手になっている。なんとかうまく格好をつけてはいるが、こちらも「限られた予算の中で」という条件つきだろうか。隈研吾氏のネームバリューとデザインの商業性に賭けた事例だとぼくはみた。
全体としてはもちろん、建て替え前の御園座よりはるかに劇場らしい建物になった。この建て替えの肝は劇場デザインよりも、上に分譲マンションを設けることで建設費を引き出したスキームにあるのだろう。
劇場は単なる建築ではない。街にもたらす有形無形の効果は計り知れず、見た目の印象だけでは語れないだろう。新御園座も、今後の観客の入りや上階の住民の暮らしやすさとか、1階店舗と周辺地域の賑わい、名古屋の劇場文化全体への波及効果などは未知数だ。10年から20年後でないと評価は下せないだろう。
■舞台は期待以上 くだけた表現も
まともに歌舞伎の舞台を観たのは、2年前に銀座にできた新歌舞伎座に観に行って以来だった。期待以上に3幕とも面白かった。イヤホンで聴く解説の背景説明もとてもよくできていて、堪能できた。
恥ずかしいけれど、この年になっても歌舞伎のことはほとんど知らないに等しい。義太夫とか長唄とか浄瑠璃とかの言葉は聴くことがあっても、きちんと見たことがなく、どれがどう違うかはわからない。
それでも今回のように本物を見ると、様式美に満ちているのに、時にくだけた表現もある。型と自在の間合いが絶妙なのだろう。その背景には、膨大な稽古の積み重ねと、挑戦の歴史があることを感じさせてくれた。
そういえば有名な「勧進帳」を、本物の歌舞伎舞台で観るのも初めてだった。そうか、主役は弁慶と義経ではなく、弁慶と富樫だったのか。何をいまごろと笑われそうだけど、弁慶の熱にほだされ、切腹覚悟で関所を通した役人の男気もテーマだったんだね。忠臣蔵と似ているなあ。