にじみ出る「女性への含羞」
(祥伝社文庫、初刊は2013年10年)
葉室麟は時代小説の先輩達人、藤沢周平を強く意識してきたであろう。しかもこの題名「潮鳴り」は、藤沢の名作でぼくも何度か読み直した『海鳴り』に酷似していて、気になっていた。
葉室麟は2年前、亡くなった。ぼくより学年がふたつ上でしかもかつては新聞記者だった。作家スタートは遅かったのに精力的に水準の高い作品を書き続けてもらって、元気づけられてきた。こちらの『海鳴り』は羽根藩シリーズの第2弾である。読み終えやはり66歳での死去は惜しいと痛感した。もっと書いてほしかった、もっと読みたいと。
伊吹櫂蔵(かいぞう)と、元三井越後屋大番頭の俳諧師である咲庵(しょあん)、櫂蔵が藩を首になって海辺の漁師小屋でふてくされて暮らしていた時の飲み屋の女将、お芳(よし)が主役級である。櫂蔵は文も武もすぐれた俊英といわれていたが、酒の席での出入り商人とのいさかいが原因で役を解かれる。
男気にあふれるその後の人生は、よくぞという終末を迎える。だが読み終えてしばらくすると、本当の主人公は3人の女性ではないかと思った。
ひとりは飲み屋のお芳、ひとりは櫂蔵の義母(父の後添い)である染子。もうひとりは藩主の母の妙見院だ。どのひとも賢明で、芯がしっかりしていて、男どもを言葉で背中から押す。
文庫の解説の中で朝井まかてが「葉室さんには女性への含羞(がんしゅう)を感じる」と評していた。「女性への含羞」とは、さすが作家、うまく言い当てるなあ。ぼくは葉室麟と同時代に育ち同じ価値観をもっていると勝手に思い込んでいるので、まったくおなじ印象を持っている。