江戸中期 俳人画人の世界へ
(文春文庫、単行本は2011年2月)
へえーっ、葉室さんは、武士だけではなく、俳人や画家にまつわる小説も書けるのかと驚いた。主人公の与謝蕪村は江戸時代中期の俳人であり、画家である。この本はいわゆる連作短編集だ。
蕪村の周辺の人物や恋物語を集めている。蕪村本人の老いらくの恋もあれば、門人や友人の画家である応挙らのいろんな恋の形を集めた。当時の俳人や画家がどんな暮らしをしていたのかも興味深く味わえた。
新聞インタビューなどによれば、元記者の筆者は50歳を過ぎてから作家デビューを果たし、ものすごいペースで新作の時代小説を世に出している。それなのにこれだけの水準を保っている。
そのストックの多さにめまいがする。信じられない引き出しの多さだ。ぼくも記者が長かったが、フィクション作家志向はなかった。取材したものならばいくらでも書けるが、想像をめぐらせての創作というのは手も足もでないという感覚なのだ。
この作品には当然ではあるが、多くの俳句が出てくる。筆者はそれを随所に織り交ぜながら、端正でみずみずしい短編に仕上げていく。その力量はなんと表現すべきだろう。同じように元新聞記者で、たったひとつ上の人の仕事とは思えない。