1 ゴルフ 白球と戯れる

白球と対話 「するゴルフ」この1年

中2日で倶楽部へ 「練習のみ」75回 プレー週イチ 

 ゴルフの「する」「読む」「観る」「書く」をまんべんなく楽しもうという生活を始めてから最初のシーズンが終わった。「するゴルフ」は、実際のラウンドこそ年62回とリタイア前の週イチより少し増えただけだったが、思わぬ悦楽が待っていた。所属クラブの練習場でひとり何時間も、心地よい打感と乾いた音を求めて白球と対話するとゴルフ脳が満たされ、コースには出ず帰宅する―。そんな”贅沢”を75回も味わえたのだ。3日に1日はクラブに通い、その半分以上は「練習だけ」だったことになる。70歳になる来年も続けよう。

■平均スコア84.93

 2021年の「打ち納め」は29日、三好カントリー倶楽部でのプレーになった。新聞社時代に知り合った社外のゴルフ好きから誘っていただいた。この名門コースはオーソドックスで品があり、しかもタフだ。その醍醐味を久しぶりに堪能できた。

 1年のラウンド数は62回。ざっと「月に5回」のペースだった。年間のスコアデータはこんな数字になった。

  • 平均スコア  84.93
  • ベストスコア 78
  • ワーストスコア 96
  • ハーフベスト 36
  • ハーフワースト 49
  • 平均パット数  29.8  

 ゴルフ・ダイジェスト・オンライン(GDO)でのスコア登録を10月に再開した。直近10回のGDO分析のスタッツはこうなった。

 これらのテータは退職前と大きな変化はない。69という年齢を考えれば、アベレージ85をなんとかかんとか維持している感じ。OBが止まらない。パットは少しずつ良くなってきていて、平均で30を切れているのが支えている。年の功だろう。

 ベストの直後にワースト 魔力も潜む奥深さ

 
 年間ベストの78を出したラウンドは3回あった。3回目は所属コースで10月に出し、すぐ後にワーストの96をたたいた。差の18打は1ホールにつき1打。別人になってしまった。こんな凹凸がゴルフの難しさであり、魔力も潜んだ奥深さだろう。

 スコアを左右する要素は両手でも足りない。コースによっても、ティー位置によっても変わる。体調も気候も大事だ。競技かプライベートかも大きい。同伴者との相性もある。「お化けスコア」が出る可能性はいつでもあるから、スタート前になると性懲りもなく「きょうこそは…」と張り切ってしまう。

■バンコクで魅せられ 「週イチ」を20年

 ぼくの生活にゴルフが深く入り込んだのは、バンコクでの特派員時代だった。1998年8月から2001年7月まで3年滞在した。

 あの街や近郊には、とてもよく整備されているのに、日本よりうんと安いコースがいくつもあった。記者仲間にも同好の士がたくさんいた。現地の人件費が安いので、往復には運転手つきの車を利用できたし、ぼくは暑さに強かったから、2000年には年間100ラウンドを経験できた。自分史上、最多である。

 2001年9月に帰国するとすぐに名古屋近郊にある東名古屋カントリークラブのメンバーになった。そこを基地にして「週に1回、年間50回」を20年、維持してきた。

 ことしの62回のうち45回は所属クラブのコースを回った。ほとんどはクラブ競技だった。残り17回はゴルフ仲間の知人から誘われ、三重や岐阜や滋賀へも出かけた。競技では富山県のコースも体験できた。

■「練習のみ」75回 心置きなく半日

 ぼくの家から所属クラブまでは車で30-40分かかる。仕事をしていた時は土日祝しか行けなかったから、ラウンドしないで帰るなんてありえなかった。練習だけなら、家に近い練習専用施設に通っていた。

 しかし退職後は平日でも時間を自由に使えるようになった。「練習のみ」と決めて所属クラブに通ったのは計75回。その日のメニューはこんな感じだ。

  • 7時ごろ  ゴルフ場に到着
  • 7時10分 念入りに柔軟体操
  • 7時20分 グリーンでパター/まっすぐラインで距離を変えて
  • 8時ごろ  ドライビングレンジで200球/一球ごとにアドレスし直して
  • 10時ごろ アプローチ練習場/距離やライを変え360度から
  • 11時すぎ バンカーから30球ほど
  • 11時半ごろ グリーンに戻りパター/傾斜ある1~2mを360度から
  • 12時すぎ  お風呂
  • 13時ごろ  帰宅して昼食

 こんなの単調すぎる。緊張感もなくつまらない-。以前のぼくならそう思っただろう。でも時間と気持ちに余裕が生まれると、すぐに愉しみに変わった。

白球と戯れ 音と対話 ぼく好みのクラブライフ
▲白球と無心の対話…


 平日のゴルフ場で練習場やグリーンに長くいると、いつの間にかぼくしかいない、ということが多い。だれの邪魔もせず、だれにも邪魔されない。ひたすら白球と戯れる。自分の体とボールが対話している。その対話を「ゴルフ脳」が感じとる。

 繰り返すうちに集中力が増し、音に敏感になっていく。アイアンでいい球を打てた時は、打感の次に、心地よい乾いた響きがずっと耳に残る。

 グリーンでは、一日に数回、パターの芯でボールの芯を打てたと思うときがある。真綿に触れたような手応えがてのひらに残り、カチッという小さな音には混じりっけのない透明感がついてくる。弾いた白球は、下の芝が生まれたての赤ちゃんの肌になったかのように滑らかに転がっていく―。

 ぼくが所属するクラブでは「練習のみ」にかかる費用はドライビングレンジのボール代(1球8円)だけだ。そのボールも練習場専用タイプではないから本番と同じ弾道で飛んでいく。ロッカーも風呂も使わせてくれる。これぞ、ぼく好みのクラブライフになった。

■公式競技は「中部」で敗退

 競技への参加も、大きなモチベーションになった。所属クラブの競技は慣れていたけれど、公的なゴルフ団体が主催する公式競技は初めて。シニア(55歳以上)もミッドシニア(65歳以上)も、ぼくにとっては晴れ舞台だった。

 9月にあったミッドシニア2試合は、上位に入れれば全国大会にも出場できる仕組みだった。しかしぼくの力ではその水準には遠く及ばなかった。体験記を書いてこのサイトに公開することで「書くゴルフ」は存分に楽しむことができた

Gシニアに「新人」として


 来年2022年の6月に70歳になる。男子アマ競技には「グランドシニア」というクラスもあり、70歳以上になると出られる。「その年に70歳になる人」に新たに出場資格が生じ、その人たちは”古稀のおじいさん”だけど「新人」とか「ルーキー」と呼ばれる。

 日本パブリックゴルフ協会のグランドシニア大会は、愛知県予選が3月に予定されている。そこを通ると4月の中部決勝に出られる。「新人」として中部も通過して、6月の全日本に出ることが来年前半の夢だ。

 70歳の「ルーキー」ってどんな気分なのだろう。スタートホールで名前が呼ばれたとき、ボールを持つ右手が震えて、うまくティーアップできないなんてことにならないだろうか―。第1打がOBになったらどうしよう―。

 想像するだけで、どきどきしてくる。

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