4 評論 時代を考える

「惨事後の一気呵成」に危うさ…『堤未果のショック・ドクトリン』

マイナ ワクチン 脱炭素…裏で儲ける奴ら

 (幻冬舎新書、2023年5月発刊)

 「大惨事=ショック」で国民の思考が停止しているとき、政府や関連企業が繰り出す「一気呵成の政策=ドクトリン」は危うい―。日本のマイナンバーとカードの導入、コロナワクチン接種、脱炭素政策の3つを例に、筆者が感じる違和感と警告が列挙されている。政策の裏には「今だけカネだけ自分だけ」の奴らが隠れている、違和感を大事にしてあぶりだせ―。筆者の怒りには湯気が立っている。

■定義と世界の10例

 キーワード「ショック・ドクトリン」は、カナダのジャーナリスト、ナオミ・クラウンが2007年に出した本のタイトルでもある。日本版の出版元である岩波書店のHPは「惨事便乗型資本主義=大惨事に付け込んで実施される過激な市場原理主義改革」と説明している。

 堤未果氏はニューヨークの大学と大学院で国際関係論を学び、野村證券に勤務している時に9.11米国同時テロに遭遇した。直後から米国社会が「テロとの戦い」一色に染まって異論を排していく過程で多くの違和感を抱いた。その正体をつかむヒントが、テロから6年後に出版されたこの本にあった、という。

 堤氏はこの本で描く「ショック・ドクトリン」を次の4段階にわける。

①大事件が起きたり、深刻な危機が発生する
 (例) テロ/戦争/クーデター/自然災害/パンデミック/金融危機/気候変動

②国民が集団パニックに陥り、思考が停止する
 (例) メディアが同じ方向しか伝えない/異論の排除

③新自由主義的な政策を猛スピードでねじ込む
 (例) 規制緩和/民営化/社会保障の切り捨て

④国や国民の資産をお友達企業が合法的に略奪
 (例) 国と企業に人事の「回転ドア」/ 不透明な金の流れ

 具体的な過去事例が56、57ページに見開きで並んでいる。1971年の「チリ軍事クーデター」など10の惨事を掲げている。真骨頂は右端の「勝ち組」という欄だ。「惨事に便乗して略奪した奴ら」のことである。

 ただ10の事例のうち、1988年以降の「気候変動」、2001年の「アメリカ同時テロ」、2020年以降の「新型コロナパンデミック」の3例は、「勝ち組」の欄には「(自分で考えてみましょう)」としか書いてない。この本を読めば、筆者の答えがわかる仕掛けになっている。

■日本の3事例 違和感の連打

 この本は、日本でいま起きている「ショック・ドクトリン」の典型的な事例として、マイナンバーとカードの導入、新型コロナ対策のワクチン接種、地球温暖化策の脱炭素をあげている。

 それぞれについて筆者は疑問や違和感を連発していく。繰り出される問題提起のうち、ぼくが一番へえーと思った箇所を忘備録を兼ねて抜き出してみた。

マイナンバー 独にはなし

 「アメリカやカナダには共通番号制度はありますが、取得するかは個人の自由」
 「ナチスによる犯罪の歴史を持つドイツでは、人に番号をつけるのは憲法違反とされ、マイナンバー制度は導入していません。フランスでは、ドイツ占領下時代には社会保障番号を導入しましたが、政府の方針として、その番号をいろいろなことには使わない、と明確に規定しています」 (P98)


コロナワクチン SNS反対意見を検閲

   「コロナ禍でビッグテックが焼け太るということは、私たちがアクセスする情報を一手に握る民間企業のコントロールがより強くなるということ。この間、感染症拡大という恐怖への対策として、報道機関やSNSの検閲が堂々と行われるようになりました」
 「Fasebookは、ファクトチェックの名の下に投稿の検閲を実施。新型コロナワクチンに否定的な情報を広めたとして、数百のアカウントを削除したことを発表しました。Google傘下の動画サイトYouTubeは、WHOの発信している内容と矛盾する内容や、ワクチンに否定的なコンテンツをすべて禁止し始めました」 (P192)。


 温室効果ガス 最悪米軍に報告義務なし

 「そう、世界で最も温室効果ガスを出しているのは各国の軍隊。ダントツの1位は、脱炭素の旗振り役であるアメリカの国防総省です。空軍の燃料費だけで年間50億ドルですから、推して知るべしです。なぜこれがCOPで問題らならないのかって?  アメリカは1997年の京都議定書でさんざんゴネて、軍事関連の探査排出量報告義務から、ちゃっかり自分の国だけ外したからです」(P272)

 うーん、どれもみな考え込んでしまう指摘だ。筆者は序章の冒頭、ジョージ・オーウェルの小説『1984』から次のことばを引用している。「考えろ、考えろ、たとえ1秒の何分の1ぐらいしか残されていないとしても。考えることだけが唯一の希望だった」

■便乗企業に辛辣なキャッチー表現

 筆者はいわゆる「キャッチーな表現」も随所で使いながら、問題のありかに迫っている。とくに惨事便乗型の企業や集団を批判するときにいろいろと出てくる。たとえば―

  1. 「お友達企業」…大惨事の対応に参画し、国や国民の財産を裏で略奪していく強欲資本主義のビジネス集団
  2. 「今だけカネだけ自分だけ」…強欲資本主義の行動原理
  3. 「回転ドア」…大惨事の時の政府と便乗型企業の人事交流

 それぞれの表現は、だれかが過去に使ったり、初出は英語だったかもしれない。しかもこうした表現、使いすぎると安易なレッテル張りに陥る危険もある。言いたいことは伝わっても、説得力を伴わなくなる恐れがある。

 それでもこの本では、全体として、プラス効果の方が大きいとぼくは思う。筆者が感じる問題意識をなんとかわかりやすく伝えようという意欲を強く感じるからだ。

■随所に気の利いた一覧表

 この本ではまた随所に気の利いた一覧表があり、論調に厚みを感じた。「ショック・ドクトリン 世界の事例」のほかにも、以下の一覧表にぼくは見入った。

  1. マイナポータルで取得できるようになる特定個人情報の一覧(88、89ページ)
  2. マイナンバーの世界各国の状況(99ページ)
  3. マイナンバー受注企業に再就職した国家公務員(111ページ)
  4. 日本政府が購入したワクチン(188ページ)

 どれも「取材で発掘してきた秘密情報」といった類ではなく、目を凝らしネット検索すればすぐに見つかるのだろう。しかし筆者が「大事にしよう」と呼びかける違和感は、こうしたデータや各論を検証する中で確信へと変わっていくものだろう。

■参考文献 URLがずらり

 巻末の「参考文献」は5ページにわたっている。でも活字になった書籍は、序章を中心に6冊しかない。あとの30数本には、ネット上で閲覧できるサイトのURLが記されている。それらのサイトで使われている言語は大半が英語とみられる。

 そのURLリストを眺めながら、いま世界で起きていることが、新聞や本など印刷された活字だけではつかめなくなってからずいぶんと時間がたったのだと感じた。情報収集の手法やジャーナリズムの立ち位置も、現役時とはとんでもなく遠いところにきているらしい。

 そのことをぼくはいま、活字の本で実感している。その現実と、印象記をネット上の自己サイトに公開する皮肉もかみしめながら―。それでもなお、潮流の変化を感じるには、信頼する印刷活字を頼りにするしかあるまい。違和感の正体を確かめうる手段を、ぼくはほかに思いつかない。

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