5 映画 銀幕に酔う

寄り添うデザイン “姉さん女房”との愛から…記録映画『AALTO』

温かな建築・家具 新鮮ドローン映像

 (ウィルピ・スータリ監督、10月24日、伏見ミリオン座)

 フィンランドの建築家、アルヴァ・アアルト(1898~1976年)のドキュメンタリー映画『AALTO』を観て、初めて彼の生涯を知り、建築や家具の作品をたどった。そのデザインは人や自然に寄り添う優しさと温かさに満ちていた。驚いたことに、作品の多くは、同じ大学で先に学び後に「姉さん女房」となった妻アイノとの協働だった。夫妻の手紙が随所で朗読され、あの意匠は夫婦愛の深部から生まれたと知った。ドローンからの鳥瞰映像も新鮮で見どころになっている。

 <▲チラシの両面 以下の写真もチラシから>

作品未見のアアルト 未訪のフィンランド 

 アアルトはぼくが建築学生だった1970年代にはすでに著名な巨匠だった。ゼミの先生らも激賞していた。でも雑誌で写真を眺めたことはあるけれど、現地で実作を観たことはなかった。

 フィンランドも訪ねたい国のひとつであり続けてきたが、これまでかなわなかった。大学を休学した20歳の長旅で、ソ連を経て欧州に入った先は隣国スウェーデンだった。

 だからこの映画はぼくにとって、フィンランドという国と、有名建築家の作品を抱き合わせで訪ねる「旅」でもあった。

 映画は、アアルトの生涯と作品を年代順に紹介していく。当時の映像や図面、友人や学者の証言がいっぱい出てくる。もちろんフィンランドの美しい自然の映像も交えながら。

■多彩な建築 図書館の手すり ドローン映像

 アアルトが設計してできた建物はおよそ200といわれる。フィンランドだけでなく、欧州のほかの国やアメリカにもあり、映画が取り上げたのは25件ほどだった。用途はさまざま。サナトリウム、図書館、学生寮、町役場、教会、音楽ホールといった公共建築が多い。もちろん自宅とアトリエ、個人住宅も出てくる。

    <▲映画に出てきた建築>

 ぼくは図書館がいちばん気に入った。天井に丸い天窓が均等にある。中央の大きな階段には優美な曲線の木製手すりがついている。見学にきた小学生だろうか、何人かが手すりの曲線と肌触りをいつくしむようになでながら階段を降りていく場面がアップで流れた。アアルトの思いは死後50年後も子供に伝わっている。

      <▲図書館の天窓と手すり>

 いくつかの大型建築では、ドローンによる鳥瞰撮影の映像が使われていて、こちらも見応えがあった。写真では見たことがない角度というだけでなく、全体の配置と時間の経過、建物の周りの自然や現代の街並みまでもが一目でわかる。とても新鮮だ。

■「姉さん女房」アイノとの協働

 映画の半分近くは、妻アイノの写真や手紙、作品にあてられていた。アイノはアアルトより4年先の1894年に生まれ、ヘルシンキ工科大学へも3年先の1913年に入学して建築を学んだ。30歳のときアアルト事務所に入り、後に妻となる。

  <▲協働する夫妻>

 フィンランドを含む北欧は、男女同権が進んでいる国の印象がある。しかしアイノが社会に出たのは1910年代のことだ。映画でも「男性中心の社会だった」とのナレーションが流れ、アイノがかなり苦労したと推測させている。

 それなのにというべきか、アイノは後輩の建築家アアルトの事務所に入って「姉さん女房」になり、公私ともに意匠のパートナーとして活躍した。

 ふっくらした顔立ちや、ちょっと小太りの体型…。古い映像の身のこなしを観ながら、どこにそんなエネルギーがあったのだろうと、ぼくは想像したのだった。

■愛あふれる手紙 画面に優しい意匠

 ふたりが交わした手紙が何度も朗読される。その半分は、仕事で外国にいるアアルトと、家で子供と過ごしているアイノのやりとりだ。相手の暮らしや心情を思いやる文面がほとんどで、互いを愛し、尊敬しあっている様が伝わってくる。

 ときにアアルトの浮気を想像させる部分もあるけれど、ふたりの情愛の深さは、アイノが1949年に急死するまで変わらなかった。手紙が朗読されるときの画面には、協働した建築や家具や食器の映像が流れていた。その優美なデザインは、互いの思いやりの深い部分から生まれたと思い知った。

      <▲家具や食器にあふれる温かさ>

 建築家の隈研吾氏が、映画の公式サイトにこんなコメントを出している。

 モダニズム建築の巨匠と呼ばれるコルビジェ、ミース、ライトとアアルトの一番の違いは女性に対するスタンスではないかと、僕はうすうすと感じていた。
 コルビジェ達は、一言でいえばマッチョであり、女性に対して抑圧的である。それが原因になって様々なトラブルもかかえた。
 しかしアアルトはその妻アイノに対する尊敬、やさしさを、この映画で知った。それが彼のデザインのやさしさとつながっているのである。

 うーん、さすが、うまく言うなあ。設計や意匠だけでなく、評論や文筆もこなす才気が、伝わってくる気がする。

■晩年は作品に批判 出張先で泥酔も

 ただこの映画、賛美だけでは終わっていない。晩年に手掛けたフィンランディアホールについては利用者から「真っ白で冷たい」「家具も座り心地がよくない」といった批判にさらされた、と伝えている。

 もっと驚いたのは、やはり晩年に、アアルトが設計の打ち合わせ先へ向かう飛行機で泥酔したことがあったという証言だった。しかも到着後にホテルの部屋に入ったものの、またも深酒をしてボーイが部屋に入った時には、本人はベッドで眠りこけ、床には空のボトルが何本も転がっていたという証言も入れていた。

 スータリ監督は10月19日の中日新聞に載ったインタビューでこう語っている。

 「アアルトも人間。失敗もあれば欠点もある」「背景を知ることで、彼のデザインに意味があることを知ってほしい」

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