スイングに正解なし 楽しんで自分リズムを
面白すぎる球戯、ゴルフの超まじめ技術本である。写真も図解もなく、ただ言葉だけでアドレスからスイング、アプローチ、パットの奥義に迫る。中高年のアマたちが素朴な悩みを語り、プロが「正解はない。あなたに合うやり方を楽しみながら見つけて」と返していく。言葉と生身の間には「深い河」を感じるが、その闇もこの球戯の魔力だろう。ぼくは『黒の舟歌』を浮かべ替え歌を口ずさんでいる。
(ちくま新書、2023年6月10日)
■「ハーバード」から「ゴルフ」へ
題名の「白熱教室」の出所は、とくに言及はないが、マイケル・サンデル教授の『ハーバード白熱教室』だろう。wikipediaによれば、もとは米国の教養番組。NHKが「白熱教室」の邦題で2010年に放映して話題になり、その後もシリーズ化されてきた。骨格は次の3点だろう。
① 簡単には答えが出しにくい難問を議題に
(例)
殺人に正義はあるか
命に値段はつけられるか
「富」はだれのものか
愛国と正義どちらが大事
② 学生にも積極的に議論に参加させていく
③ 教授の講義も参考に考えをまとめさせる
このゴルフ本も骨格を踏襲している。もっとも難しいのは①の議題設定だろう。ゴルフにおいて「答えが出しにくい難問」とは何か、どんな設定にするか―
■大前提 ゴルフに「正解」はない
と思いながらページを開いたら、いきなり”大前提”が出てきた。冒頭の<はじめに>の小見出しに、こうある。
ゴルフに正解はない。あるのはあなたに合う方法だけ (p7)
筆者はプロゴルファーやレッスンプロではない。読むゴルフ雑誌『書斎のゴルフ』(日本経済新聞出版社刊)の編集長を20年以上つとめた人だ。
この雑誌は、題名の通りなによりも言葉と頭を大事にしていたから、大好きなゴルフ誌だった。本棚にも3冊ある。しかし2020年に休刊になったとカバー略歴で知った。
ぼくなりの表現をすれば筆者は「ゴルフを語る言葉のプロ」である。多くのゴルファーを取材し、言葉を紡いできた経験から、こうも述べている。
同じテーマの解決方法に、何通りもの正解があるとわかってきました。ゴルフにおける正解はプレーする個々人の正解であり、万人の正解はないということです。(p9)
■8つのテーマ スコア90前後アマが悩み
この筆者が教室を主宰して進行役もつとめ、8回にわけた議論がそのまま本になっている。8回の議論のテーマ設定は、とてもオーソドックスだ。
まずはホールごとのプレーの流れにそって、①アドレス②スイング③ショット④アプローチ⑤パット、と議論はすすむ。つぎは18ホール全体にかぶさるテーマがくる。つまり、⑥コース戦略⑦メンタル⑧スコアメイク、である。
教室には、平均スコア90前後の中高年を中心にしたアマが実名でテーマごとに7、8人参加し、じぶんの体験や悩みを語る。読みながらぼくは、自分がやらかした痛い失敗の数々がよみがえり、アマの生徒さんの正直な失敗談にうなずいていた。
プロの3人は、アマの体験や持論を大事にしながら、助言を加えてくれる。進行役の筆者は、先達の至言・名言も紹介したりしながら、議論をまとめていく。
■刺さるフレーズ たっぷり
その先達たちの至言・名言、白熱教室の講義にふさわしく、随所で紹介され、議論と技術論に重要な深み与えている。<はじめに>から、気の利いたフレーズが次々と出てくる。
「ゴルフスウィングは指紋のようなものだ。2つとして同じものはなく、すべて独特の形をしている」(p12、ゴルフ史家のジェームズ・ロバートソン)
「ゴルフの唯一の欠点は面白すぎることであり、正解のないクイズだ」(p12、ジャーナリストのヘンリー・ロングハースト)
「ゴルフとは朝に自信を与えると思えば、夕方には自信を失わせるゲームである」(p16、グリップで有名なハリー・バードン)
「ゴルフは恋愛のようだ。真剣にやらないとつまらない。真剣すぎるとがっくり来る」(p17、スポーツライターのアーサー・デイリー)
この種の名言は、ゴルフを生んだ英国や、ゴルフをスポーツ文化として発展させた米国に多い。名言を集めた本もたくさんある。筆者は『書斎のゴルフ』の元編集長だから、見事なタイミングで名言を織り込んでくれる。どれもゴルファーの心に刺さり、この球戯の奥深さをあらためて感じる瞬間でもある。
■スイングリズム まじない言葉
いちばん熱心に読んだのは第2回の「スイング」だった。副題は「無理なくスムーズにスイングできるリズムを整える」。方法のひとつとして、スイングしながら唱える「まじない言葉」や「心の中のメトロノーム」がいくつか紹介されている。
「チャー・シュー・メーン」
(『あした天気になあれ』の向太陽、渋野日向子)
「ファー・アンド・シュアー」
(伝説ゴルファーのトム・モリス)
「ワン・ツー・ウェイト・スリー」
(トミー・アーマー)
重要点はふたつ。ひとつは、トップで「切り返しの間」を作るために入れる言葉だ。後ろから2番目の「シュー」「アンド」「ウェイト」がそれにあたる。ここでスイングにほんの一息をいれ、いわゆる「溜め」をつくる。
もうひとつ、最後の言葉を伸ばすのも重要だ。「メーン」「シェアー」「スリー」…。最後に「—」を入れて音を引っ張ることで、フォローまで振り抜くことを意識するのが大事なのだと、プロや先生は語っている。
ぼくはおまじない言葉をいろいろ試してきた。いまは単純な日本語「イチ・ニイ・ノオ・サーン」を使っている。音と動作とリズムはこんなイメージだ。
「イチ」 始動合図 / 小さくフォワードプレス
「ニイ」 バックスイング / クラブをトップに
「ノオ」 トップで一瞬とめ / 切り返しの間を
「サーン」ヘッドしならせ球へ / 長く振り切る
この本を読み、ぼくのまじないは間違ってはいなかったと知ってほっとした。それゆえに気づくこともあった。その気づきには最後に触れよう。
■ひたすら言葉だけ 写真も図解もなし
ぼくの本棚のゴルフコーナーには、主に技術を扱った本が30冊ほど並んでいる。ほとんどは写真や図解をふんだんに使っている。さらにネット上のYouCubeには、ありとあらゆるレッスン動画があふれている。
しかしながら、この本には、アマとプロが交わす議論しかない。複雑なスイングやパットの動作について、最初から最後まで「言葉だけ」で向かい合っていく。ぼくはそこにこんな筆者のメッセージを感じた。
自分にいちばん響く言葉にそって体を楽に動かしてみて
スイングに正解はないから自分にあうことばとリズムを
納得のスタイルを見つける道のりも言葉にして楽しんで
写真や映像はイメージ力が強く引っ張られやすい。自分だけの言葉には内省力があり、自分にあう振り方とリズムにたどり着きやすい。そんな判断もあるのではないか。
■言葉とリズムの間には…「黒の舟歌」
読み終え、この印象記を書きながら、あの『黒の舟歌』の歌詞が浮かんでいる。大学生だった1972年のヒット曲。長谷川きよしが、野太い声で、こう歌った…
男と女の間には
(’89年版『あのうたこのうた2288曲』)
深くて暗い 河がある
誰れも渡れぬ 河なれど
エンヤコラ 今夜も舟をこぐ
ゴルフとの大事な共通点は「深くて暗い河」。たとえば、スイングのときの「まじない言葉」から湧き出てくるイメージと、実際に自分の体がつくるリズムや力感との間には、容易につなぐことができない”すき間”がある気がしてならないのだ。
というのも、「イチ・ニイ・ノオ・サーン」と唱えながら練習でスイングを繰り返しても、5回に1~2回は右へのこすり球が出る。直そうと思うと今度は左へのひっかけ球が出てしまう。情けないことに、発生率はコースに出た時の方が高くなるのだ。
頭で浮かべる言葉と、生身の体が生み出すリズムや力加減の間には「広くて深い河」があるのではないかー。この河を渡ってしまうまで努力できた人の、しかもその一部だけがトップアマやプロになれるのだろう。
きょうはあさから雨が降っている。この本の読後感に浸りながら余興に『黒の舟歌』のゴルフ版をつくってみた。あすの練習が待ち遠しい。
〽 言葉とリズムの間には
〽 広くて深い 河がある
〽 容易に渡れぬ 河なれど
〽 イチニイと 明日も棒を振る
〽 ヒット アンド ドロー
〽 ヒット アンド フェード
〽 振り返るな ヒット
(2024/03/12 団野作成)