開館は夜7時 物故作家の蔵書 賄いも本から
(ポプラ社、2023年6月発行)
図書館といっても、オープンするのは夜の7時だし、置いてある本は亡くなった作家の蔵書だけ。しかも職員の夜食は、実在する本に出てくる料理ばかり―。なんとも奇妙な設定で物語が進み、いろんな人生が交錯していく。「本好き」による「本好き」のためのファンタジーなのだ。前作のベストセラー『三千円の使いかた』とは、ひと味もふた味も異なる面白さに満ちている。
■こんな図書館 もしあったら…
この図書館は東京の郊外にあり、個人のお金で設立、運営されている。オーナーは名前も顔も伏せていて、採用したい職員へのメールで「名前は特にありません。強いて言えば、『夜の図書館』とでも呼んでください」と紹介している。
開館は夜の7時から深夜零時まで
ぼくが住む名古屋市の図書館は、平日だと、開館時間は午前9時30分から午後7時まで。鶴舞中央だけ午後8時まで開いている。この「夜の図書館」は公立が閉まる時間にオープンする。こんな図書館、民間でもまずないだろう。
蔵書は物故作家からの寄贈本だけ
普通の公立の図書館の蔵書は主要分野を広くカバーしている。特定分野に特化した図書館も、美術とか映画とか演劇など、公民いろいろある。しかし「亡くなった作家が所蔵していて、寄贈された本だけ」というのは意表をつく設定だ。大阪の司馬遼太郎記念館がヒントになったと筆者は新聞インタビューに答えている。
こんな図書館があったら、ぼくが現役の記者だったら取材で訪れることはあったかもしれない。立花隆の通称「猫ビル」のように。この小説では、亡くなった作家のコアなファンとか、取材記者や研究者が訪れてくる。
■カバーの裏に 料理レシピ
職員の勤務時間は午後4時から午前1時までだから、小説の題名に「お夜食」を入れるくらい、筆者は「賄いメシ」も大事にしている。実在する小説やエッセイに出てくる文章をもとに、訳あり男「木下さん」が調理するという設定だ。
小説カバーの裏には「筆者おすすめ! 」のレシピまで印刷されていた。『家なき子』に出てくる「揚げリンゴ」と「ねぎスープ」。この形、高田郁の『みをつくし料理帖』にもあった。登場料理のレシピが最後に載せてあった。
ぼくは料理ができない。妻に任せっぱなしのまま古稀をこえてしまった。味噌汁の作り方くらいは覚えたいと思うけれど、その時間ができるとゴルフや本や映画に気が向いてしまう。だから、この本のレシピもただ眺めるだけだった。
■交錯する人生 「古本屋」に親近感
こんな図書館だから、職員にもいろんな男女が出てくる。主人公だけでなく、それぞれが一人称で自らの来歴や「夜の図書館」とのつながり語っていく。それらが織り成す人生模様がこの小説の心臓部になっている。
ぼくがいちばん面白かったのは、「古本屋だった渡海(とかい)尚人」の回顧だった。地方都市の高校生だったころ、アルバイト先の古本チェーン店で手に入れた本を神保町の老舗古書店に持ち込んだら100円で売れたことをきっかけに、この世界にはまった。進学先は近くの大学(おそらく明治)を選び、その老舗でバイトし、神保町に自分の店を持って…。
ぼくは大学2年のとき新聞配達のアルバイトをした。その体験が、建築を学んだのに就職試験先のひとつに新聞社を選んだことと、採用の決め手になったのを思い出した。ここ数年は上京して時間があると、神保町を歩くのが大好きになったのも要因だ。
■「永遠の旅人」に驚き
職員たちの人生模様のなかで、いちばんの驚きは「永遠の旅人」という生き方が出てきたことだった。この用語は、20年前に読んだ橘玲『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』で知った。米国で最初に提唱された「Perpetual Traveler」(PT)である。
国によって規定は異なりますが、一般的には1年間に半年(180日)以上その国に滞在すると、「居住者」と見なされます。したがって、たとえば3ヶ国に4ヶ月(120日)ずつ滞在すれば、どの国でも非居住者となり、納税義務は発生しません。
(『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』247p)
このように、属地主義国の国籍を有する非居住者は、PTになることによって(中略)あらゆる納税義務から解放されます。これが、PTが「究極の節税法」と言われる所以です。
考えてみると、著者は前作のベストセラー『三千円の使いかた』では、貯蓄や税金など金融がらみの実用ノウハウもふんだんに盛り込んでいた。
この人気作家の得意分野は「お金」「本」「食」と守備範囲が広い。次は『ランチ酒』にしようか。それとも次の新分野の作品が出るまで待とうか。楽しみがまた増えた。