2 小説 物語に浸る

初読みはミステリー3冠『失われた貌』…もつれる展開 からみあう伏線

<▲カバーには賛辞が満載>

見事な着地と回収 脇役にも魅力

 ことし最初の本は櫻田智也『失われた貌(かお)』を選んだ。昨年のミステリーランキングで3冠の長編。顔を潰された死体の捜査がもつれにもつれ、散りばめられた伏線がからみあいながら、最後はひと連なりになって収束する。刑事や容疑者だけでなく脇役にもくっきりした人物像がまぶしてあり、4時間の初読みを堪能した。
 (新潮社、2025年8月発刊)

■「顔」だけでなく「全貌」

<▲「貌」には「かお」のルビがふってある>

 小説の冒頭に出てくる死体が失くしていたのは、顔だけではない。歯はみな抜かれ、手首から先は切り落とされ、髪も途中で切られていた。

 「顔」が潰されていただけではなく、被害者の身元がわからないように、「全貌」が失われた状態だった。小説の題名に「貌」が「かお」というルビつきで使われているのは、この状態を差す、と思いながら読み進めていった。

 しかし物語は紆余曲折し、まっすぐ進まない。別の事件が起き、新しい事実が積み重なって、謎だけが増えていく。冒頭の事件で犯人はなぜ歯や手足や髪の「全貌」を遺棄したか。その疑問は遠くなり、薄まっていく気がした。

 しかし最終盤には、もつれにもつれた糸をほぐすようにして一気に”元”に戻ってくる。やられた!  なんと巧みなタイトル、そしてストーリーだろう。

■さりげない伏線 驚きの回収

 ぼくはミステリーは好きだけれど、それほどたくさん読めてはいない。でもミステリーを読む醍醐味のひとつが「伏線の回収」なのは知っているつもりだ。

 この作品でもそれを強く意識しながら読んでいった。年末に新聞で読んだ書評の見出しに「精妙な伏線の鍵」とあった。単行本の帯にも「本物の伏線回収をお見せしましょう」と書いてあったからだ。

<▲カバーの裏側にもコメント多数>

 だから、読みながら、こんな感慨が頭で錯綜した―

 「へえー、あのさりげない描写、伏線だったのか」
 「なんだ、あれは伏線ではなかったのかよ」
 「えっここで? こうやって回収しちゃうの?」 
 「ええっ、こんな回収の仕方があったのか」 

 とくにラストに近づくほど、こんな驚きのオンパレードになった。

■人物造形 「対」の采配

<▲カバーの筆者略歴>

 登場人物たちの人物造形も的確だ。多彩でもある。その男や女や少年が話す中身や口調、動きの描写だけなのに、読んでいて人物像が浮かんできて、飽きさせない。

 しかもその人物造形は「対」になっている、と思ったのは、読み終えてからだった。典型は、ふたりの刑事、ふたりの少年、弁護士とバー経営者だろう。

<刑事>
日野 一見平凡で地味/粘り+直感+優しさ
羽幌 日野と同期、警察学校で対立/正義感

<少年>
隼斗 失踪父を想う小4 / やんちゃ / 喘息の持病
大哉 隼斗の仲介でいじめ解決 / 愛すべき正義漢

<脇役>
剣菱弁護士 自信たっぷり饒舌家/気の利いた警句
バー経営者 強烈プロ意識/真理つく視線と言葉

 かれらの言動が物語にメリハリをつけている。乱高下する捜査に、光や影や色どりを与え、展開に潤滑油を注いでいく。

■3冠は過去に8作品 米澤穂信は4作も

<▲「3冠」強調のカバーも=1月8日、名古屋・金山の書店で>

 ミステリー小説の世界では、年末になると、専門誌や週刊誌が発表するランキングが話題になってきた。ことしは次の3誌が『失われた貌』を国内部門のベストに選んだ。

 △『ミステリが読みたい! 2026版』(ハヤカワミステリマガジン2026年1月号)
 △『週刊文春ミステリーベスト10 2025』(週刊文春2025年12月11日号)
  △『このミステリーがすごい! 2026年版』(宝島社)

 ネット上で見つけたサイト「不思議の国の図書室」によると、運営する「べにまる」さんは、原書房の『本格ミステリ・ベスト10』も加えて「4大ミステリランキング」と呼び、これまでに3冠以上を達成した小説は次の5氏の計8作品だと紹介している。

△東野圭吾 『容疑者Xの献身
△米澤穂信 『満願』『王とサーカス』『黒牢城』『可燃物』
△今村昌弘 『屁人荘の殺人』
△辻真先  『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説
△青崎有吾 『地雷グリコ』

 このうち東野圭吾と辻真先の2冊(上の青地と下線)はぼくも読み、印象記をこのサイトに公開している。米澤穂信はまだ読んだことがない。4度も3冠になっていたとはびっくり。これでまた、読みたい本が増えた。こんな横展開も楽しい。