武骨だけれど純な男の物語
(文春文庫、初刊は2008年8月)
蔵人と咲弥という主人公夫婦の成り立ちがやっとわかった。というのも続編であるシリーズ第2編の『花や散るらん』を先に読んでしまっていたからだ。
確かにこの作品は、武骨だけれど純な男の物語である。これだけ口数が少ないながらも、純な思いを貫き通して生きていけるものかと感じつつ、この男に魅入られる思いは、読みながらしだいに募っていった。
解説で縄田一男氏が「これが直木賞に選ばれなかったのはおかしい」といった主旨の主張をするのはよくわかる。直木賞を受賞した後の作品『蜩ノ記』も武士のあるべき姿を描いていて読みごたえがあったけれど、この作品は、武士の理想像のいままでにない姿を創出していて、重厚感も感じる。
主人公の蔵人は剣とケンカの達人、との設定である。それなら佐伯泰英が生み出した『居眠り磐音』も思い浮かべる。
一方の葉室作品は和歌を取り込んでいたりして文学の香りもする。漢字や固有名詞、時代背景の説明が多く、時折ついていくのに難儀することもある。それがあるからこそ、時代の背景や空気がしっかり伝わり、重厚感とリアリティを感じ取れるともいえるだろう。