2 小説 物語に浸る

葉室麟『蜩ノ記』

びっくり武士 準主役の名は「檀野」 

(祥伝社文庫、初刊は2011年10月)

 筆者は1951年、北九州市小倉の生まれ。地方紙の記者を経て作家になった。2011年にこの作品で直木賞を受賞した際の記事を読んだとき、ぼくは「元記者で60歳。違いはこの人がひとつ上というだけか」と驚き、励まされた。

 文庫になって、そうかまだ読んでいなかったと気づき、手にした。

 舞台は豊後羽根藩と出てくる。ことし6月に全巻を読み終えた『居眠り磐音』の故郷が豊後関前という設定だから、想定位置は近いのだろう。

 そして、読み出してびっくり。主人公のもとへ赴く若い武士がまず登場し、その者の名が「壇野庄三郎」ときた。いろいろ小説を読んできたけれど、字はぼくとは違うとはいえ「だんの」という名字が出てきたのは初めだ。その後も小説の中とはいえ、ほかの人が庄三郎を「壇野様」と呼ぶたびにどきまぎした。

 さて肝心の主人公は戸田秋谷(しゅうこく)という。真面目で正義感にあふれ、腹もすわった武士官僚である。藩からある疑いをかけられているが、庄三郎は少しずつ魅かれていき、最後はいい働きをする。

 磐音シリーズのように剣で決着というような場面は出てこない。剣に頼らない武士らしい生き方を貫く中で、庄三郎と読者を引っ張っていく。年末休みの寝床でじっくりと味わった。続編の『潮鳴り』も楽しみだ。

 還暦も過ぎると、時代小説は宝の山であることにあらためて気づく。藤沢周平も池波正太郎もまだ読んでいない作品がいっぱいあるのに、葉室麟まで加わってくれた。わくわくする。うれしい。

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