4 評論 時代を考える

『マイブック』文庫1位で完売 年末年始ランク SNS投稿で人気↑か

 <▲写真① 「文庫1位」なのに本がない ! =1月10日、丸善名古屋本店で>

手書き日記 安心の自分空間に

<▲写真② 張り紙だけ>

 お正月明けの10日、次に読む本を探そうと、名古屋・栄の丸善名古屋本店に出かけて、驚いたことがあった。週間ベストセラーの「文庫1位」の棚だけ、肝心の本が展示されていないのだ(写真①)。よく見ると棚の奥に小さな紙が貼ってあり、こう書いてあった。(写真②) 
 『マイブック―2026年の記録―』
 (新潮文庫)
 完売いたしました。
 次回1月中旬入荷予定です。
 ご予約はサービスカウンターにて承ります。

■トーハン集計も文庫1位

 このコーナーは1階の奥にある。前の週のベストセラー上位5冊が分野ごとに並べてある。流行りの本がひと目でわかるので、いつも楽しみにしてきた。ベストセラーなのにその本が棚にない、というのは初めてだった。

<写真③ Xへの投稿>

 名古屋店はこのランキングをXでも公開している。4日に投稿した「12/28~1/3 文庫」の順位は次の通りだ(写真③)。
 ①『マイブック』
 ②湊かなえ『人間標本』
 ③外山滋比古『思考の整理学』

 ちなみに出版取次大手、トーハンが発表したランキング(12/29-1/4)も1位は『マイブック』だった(写真④)。3位と4位が吉田修一『国宝』(上下)なのも驚き。映画『国宝』から飛び火した”原作人気”がまだ続いている。

 <▲写真④ トーハンも1位は『マイブック』=HPから>

■24年ぶりに15万部超え

<▲写真⑤ 1月7日の朝日新聞朝刊>

 丸善店頭で『マイブック』完売を知ったときぼくは、数日前に読んだ新聞記事を思い出した。帰宅後に切り抜きを確認すると、7日付け朝日新聞朝刊に載っていた。連載「最適解ラビリンス 私たちの欲望」の5回目だ(写真⑤)。

 記事は日記風の構成になっている。『マイブック』は最後のほうに登場していた。

  12月15日 新潮文庫「マイブック」の26年版が24年ぶりに15万部超えのヒットとの報。1999年から刊行されている文庫の形をした日記帳、いや物語の書かれていない文庫だろうか。各ページには日付と曜日しかない。多くの人が手書きで記したページを写真に撮り、SNSで公開しているそうだ。(2026年1月日、朝日新聞朝刊)

<▲写真⑥ 2026年版=新潮社HPから>

 『マイブック』の存在は知っていた。刊行された1999年はバンコクに駐在していたが、日本から1日遅れで届いた新聞で「文庫の形をした日記帳」の出版を知り「?」となったのを覚えている。その後も年末になると、文庫や日記帳の棚で見かけてきた。でも、毎年10万部以上も売れるロングセラーとは知らなかった。

 それがなぜ、2026年版(写真⑥)になって「24年ぶり15万部超え」になったのか。日記帳だから、ずっと愛用してきた人は2026年版も早めに買っただろう。

 年末年始に売り切れになったというのは、新しい購入希望者が12月下旬になっても増え続け、駆け込み需要も多かったのだろう。なぜ? どうして? 背景をもっと知りたくなった。

■手書きの味 溢れる個性

 そもそも『マイブック』の愛用者は、どんな使いかたをしているを知らないと始まらない。幸い、新潮社の「マイブック特設サイト」をのぞくと、実例がいっぱい紹介されていた(写真⑦)。
 ・純日記風…手書きの小さな文字がびっしりとページを埋め尽くしている
 ・イラスト…その日に食べたものをカラフルな自筆イラストで描いている
 ・伝言手帖…夫から妻へ、母から子へ、子から母へ。伝言メモ帖がわりに

 <▲写真⑦ いろんな楽しみ方がある=新潮社特設サイトから>

 人気作家の原田ひ香氏も愛好者だ。新潮社ホームページに体験エッセイを寄せている。メモや買い物レシートなどを張りつけているそうだ。

 私的な文や絵で埋まったページが日々折り重なり、「自分だけの本」に変わっていく―そんな手応えが最大の魅力なのだろう。

■安心空間からSNS投稿? 

 そんな日記帳の2026年版が24年ぶりの売れ行きになり、年末年始には完売したー。ヒントはやはり、記事にある「多くの人が手書きページの写真をSNSで公開している」にある気がする。マイブック愛好者のSNS投稿を見て「私も2026年からマイブックに日記をつけ、SNS投稿したい」という人が急増しているーそんな想像が浮かぶ。

 では、手書きした日記の写真をSNSに投稿する―。それはどういう心理なのだろう。記事は背景をこう分析している。

  12月某日 この日記、いや記事を書き始める。「マイブック」を見ながら、栗本さん(団野注;日記専門店の店長)の「日記は安心できる場所」との言葉を思い出す。プラットホームの制約が強いSNSに直接書き込むのではなく、手元に書き残す日記の形をとることで、外からの見られ方に対して壁を作れる。安心できる空間があるから、世界に自分をつなぎとめられる。(同上)

 焦点は、SNSについて「直接書き込みは制約が強い」「外からの見られ方に壁を作る」という見方にあるらしい。

■直接書き込みに抵抗感?

 そのSNSは一見、だれにも平等な空間にみえる。いつでもどこでも、スマホがあれば自由に投稿できる。ぼくが毎日アクセスするFacebookでも、日々の投稿を公開日記のようにして楽しんでいるユーザーは少なくない。

 その反面、危うさも同居している。誹謗中傷のおぞましさは塩田武士『踊りつかれて』が描いている。目立たせようと投稿表現はとんがりやすい。フェイクやフィッシング目的も横行している。成功談や自慢も多く自己肯定感が低下しやすい。生成AIの進化と普及でオリジナリティがどこにあるか判断できない投稿も増えそうだ。

 そんなぎらぎらしたSNSの世界だから、圧迫感や息苦しさを感じる人が増えているのは容易に想像できる。「直接書き込み」への抵抗が増しているだろうことも。『マイブック』のページは、だれにも邪魔されない、自分だけの空間だ。生成AIも真似できない。その写真を投稿すれば、ぎらぎら世界との間に「壁」ができるので、安心してつながれるということではないだろうか。

ぼくの流儀とも通じる

 その「壁ごしのつなかり」って、ぼくの流儀にも通じる。ぼくは6年前に退職したあと、趣味のゴルフや読書・映画で心に響いたことを体験記を書き、実名で公開し、SNSにも投稿してきた。手順は次の通りだ。
 ①写真はスマホで撮り、文章はパソコンで打つ
 ②文と写真と見出しを組み合わせて1本の記事にし、自身のHP「晴球雨読」にアップする
 ③体験記をHPにアップしたことをSNSのFacebookに投稿し、記事のリンクを張る

 「マイブック」の手書き日記が本の中で完結しているように、ぼくのホームページもネット上では独立した空間だ。サーバーは単独で借りていて、専用ソフトとデザインツールも独自に導入した。文と写真と見出しのレイアウトもこだわりの結果だ。CMもない。

<▲写真⑧ ページは日付と曜日だけ=新潮社特設サイトから>

 もちろん違いもある。『マイブック』愛用者は毎日、真っ白なページに手書きしているだろう(写真⑦⑧)。ぼくが体験記をHPにアップするのは月に3-4回だから「日記」とはいえない。文章も手書きではなくパソコンで打っている。

 それでも「マイブック」の写真をSNSに投稿している人と、HP「晴球雨読」をFBにリンクさせているぼくは、ことSNSに関しては、ほぼ同じ立ち位置といっていいと思う。

■静かだけど健全な移ろい

 『マイブック』の部数更新、年末年始の「文庫1位」と「完売」は、次のような静かな変化の証(あかし)ではないだろうか。

 ―自分で考えて行動し、自分の手で書くことを大事にしたい人が増えている。さらに、自分が安心できる日記空間を確保したうえで、SNSや社会や仲間に向けて穏やかな発信を続け、ゆるやかにつながっていきたい、という人も増えている。

 目を凝らさないとわからない、静かで小さな動きかもしれない。でも、とても大事で、健全な移ろいだと思う。『マイブック』完売を深掘りしてみたら、ぼくと似た思いの人がたくさんいて、しかも増えている感じがして、うれしくなった。