ウォーター・ゲート事件と内部告発
(経済広報2003年5月号「広報立見席」欄)
ことし2月10日、米カリフォルニア州サン ディエゴ郊外の家で、63歳の米国人が心臓マヒで死んだ。名前はロナルド・ジーグラー。 ニクソン氏が米大統領に就任した1969年に29歳の若さで報道官になった人物だ。APや共同など内外の通信社は彼の死をすぐに世界に打電した。
彼が「歴史」に名をとどめたのは「若い報道官」だったからではない。ウォーター・ゲート事件の際、大統領の関与を否定し続けたからだ。その一方で、匿名を条件にワシントン・ポスト紙に内部情報を明かし続けたと言われてきたからでもある。本人は最後まで自分が「ディー プ・スロート」であったこと を否定した、とも外電は伝えている。
この通信社電を、当時は社会部のデスクとして夕刊帯に読み、すぐ整理部へ出稿した。 同時に資料部に駆け込み、この事件を描いたドキュメント「大統領の陰謀」を借りてきて開くと、冒頭のグラビアで彼の写真を見つけた。眼光鋭く、きまじめな印象。この本が出て映画化もされた25年前、富山支局で新米の「サツ回り記者」だった私は、チャンスにさえ恵まれればこんなすごい仕事もできるのだと、しばらくは取材で必要以上に力んだことを覚えている。
古い話を持ち出したのは、昨年から日本で話題になっている「内部告発」を語る上で参考になると思うからだ。東京電力のトラブル隠しや雪印食品の牛肉偽装事件で、一部門の不正であっても発覚後の処理を間違えると全体の命取りになりかねないことを、多くの企業人があらためて自覚した。
その後、職場での不正をなくす「コンプライアンス(法令遵守)」や、初期の段階で不正を会社が知り是正するための「通報制度」が急務とされるようになった。内部告発を受け付ける組織を創設する企業や役所が相次いでいる。東海地区でも一部の自治体や企業で 先進的な動きが始まっている。
実際の運用では、内部告発を受けて問題解決に携わる人を社内の人とするか社外の人にゆだねるかで大きな違いがあるだろう。告発を原則実名とするか匿名でも可とするかの選択も、大きな分かれ道となるだろう。
(注) 経済広報センターから2003年春、機関誌への寄稿を依頼されて書いた文章。編集局の経済部長になった直後。読者には企業の広報関係者が多いことを意識してこのテーマを選んだ。