流される「個」 隅々まで染み渡る
(新潮文庫、初刊は2001年4月)
十編の短編からなる。中学生、高校生、大学生、社会人、青年、壮年、定年前、そして定年後…。それぞれの世代に応じた主人公の生き方と悩み、悔悟と思い出が出てくる。
主人公はみな男で、一人称で語られる。名前も生い立ちもみな違う。
相手は母であったり、初恋の女性であったり、兄弟姉妹であったり、友であったり、父であったり…。
それを縦軸にし、横軸にはほとんどが日本海側か山陰地方の田舎町の変遷が具体的につづられていく。わがふるさとの舞鶴か宮津かと思うような街も出てくる。
しかし男たちの背後、根っこには通底音が流れている。戦前戦後の日本社会、家族と街の変化に流されていく「個」である。
あとがきがとてもいい。正直に「書くのが10年遅かった」と告白している。柴田錬三郎賞を得たこの作品、いわゆる三部作に劣らぬ出来だと思う。少なくとも、熱心な読者であるぼくには、体のすみずみ、いや心のすみずみまで染み渡る一作である。