怪奇と幻想 超現実の魔性 還暦の第1作
(新潮文庫、初出は1985年5月)
高校の友人からの推奨で知った作家、隆慶一郎(1923-1989)の1985年デビュー作である。江戸遊郭を舞台に、秘密と怪奇と幻想を織り交ぜた伝奇小説。史実との境目を気にしながら読み始めたが、すぐに、めくるめく展開と超現実の魔性に引き込まれた。5月に読んだ『一夢庵風流記』(1989年)と同じように、主人公の男気が爽快な読後感を残してくれた。
縦横無尽の仕掛け 驚きの展開
へえー、こんな展開になるのかという驚きの連続だった。その度合いはページを繰るごとに大きくなり、ぼくを想像の向こう側へと連れていってくれた。仕掛けのいくつかをネタバレにならない程度に挙げると―。
- 主人公を育てたのは伝説の剣術家
- 彼の出自と、裏柳生の暗躍
- 「吉原」に隠された秘密
- 関ケ原の後の家康は実は…
- 傀儡子(くぐつ)の妖術と精神
あげていくときりがない。しかもいろんな仕掛けや伝奇が縦横無尽に張り巡らされ、こんがらがっている。その混線ぶりがぼくの頭の中で逆にリアリティを生み、生々しく迫ってくる。デビュー作がいきなり直木賞候補になったのもわかる。
37年前でも あせない新鮮さ
ぼくは先月には70歳になったのに、こうした伝奇ものを小説でしっかり読むのは初めてだった。展開に驚きつつ感じた魅惑をどう表せばいいか、なかなか言葉が湧いてこない。
磯見勝太郎氏の文庫解説によると、この小説はまず1984年から85年に週刊新潮に発表された。それから37年もたつのに、ぼくはとても新鮮に感じた。
筆者の力量に加え、江戸の吉原を舞台にした時代小説だからでもあるだろう。もし当時のバブル期の日本社会を舞台にしていれば、色あせていたかもしれない。
旧友推薦の作家 最初は『一夢庵風流記』
この作家、隆慶一郎(1923-1989)が面白いよと教えてくれたのは、高校時代の同級生であるT君だった。ことし春、ゴルフの相談をしていてのことだ。
ぼくはまず、デビューから4年後の作品『一夢庵風流記』(1989年)を5月連休に読んで感想記をこのサイトにも公開した。戦国末期に実在した傾奇(かぶき)者の生き方と矜持を描き、たっぷり楽しませてくれた。
『吉原御免状』も『一夢庵風流記』も、主人公の男は並外れて大きな度量に、純粋で深くて繊細な心情を備えている。それが作品を骨太にし、爽快な読後感を残してくれている。
主人公に「慶」と「一郎」 理想の分身か
主人公の男の名前は『一夢庵』が「前田慶次郎」、『吉原』が「松永誠一郎」だ。著者のペンネーム「慶一郎」から2字ずつを取り入れている。筆者が理想とする男の生きざまを投影し「分身」として描きたい、との意思表示だろう。
隆慶一郎はデビュー時点ですでに60歳だった。もともと才気があり、それまでの大学教授や脚本家時代に培った想像力や歴史知識を栄養にして作品は結実したのだろう。
しかし彼は66歳で急逝し、残した作品は十数点しかない。あまりに早すぎる、惜しい―。筆者の分身と思われる主人公の魅力が、デビュー作から全編にあふれていたことを知り、あらためて、そう思った。