4 評論 時代を考える

半藤一利『昭和史 1926-1945』

語り部による俯瞰 「40年周期説」に説得力

 (平凡社、2004年2月)

 最近読んだ本の中では5月の「赤い月」に並ぶ重さを感じた。日本があの戦争に至った道をよく知らない、きちんと知りたいという思いはかねて強くあった。しかしながら現代史をまとめて読んだり、学んだりする機会を持てず、恥ずかしながら、今日まで来てしまっていた。

 この半藤さんという人は、太平洋戦争の様々な局面について詳細なドキュメンタリーをすでに何冊も書いている。だからこそ、こうした全体を通して見る解説にも安心感と絶対的な説得力がある。

 しかも今回は語り調である。編集部の若いスタッフから「高校時代に習わなかったままという人に向けてしゃべってほしい」と言われ、連続講義をまとめたような形になった。これが成功している。確か例の養老孟司『バカの壁』と同じ作り方だ。

 「はじめに」の40年周期説から引き込まれてしまった。

①始まりは慶応元年(1865)= 朝廷も「開国」を表明  →明治の富国強兵、日清戦争(明治27-28、1894-95)の勝利

②最初の節目は明治37-38年(1904-05)=日露戦争勝利 →満州事変(1931、昭和6)→2.26事件(昭和11年、1936)→盧溝橋事件、南京事件(昭和12、1937)→ノモンハン事件(昭和14、1939)→真珠湾攻撃(昭和16、1941)

③次の大きな節目は昭和20年8月(1945)=日本敗戦

■次の始まりは昭和27年(1952)=サンフランシスコ講和条約 → ぼくが生まれた年でもある。

④その40年後は1992年=バブル経済の崩壊 「日本はこれまたいい気になってしまい、泡のような繁栄がはじけ飛ぶと 『なんだこれは』と思ったのが40年後。同時に昭和が終わり平成になっていた」。昭和の前半は滅びの40年の真っただ中にいた、というのだ。

 筆者は昭和史におけるメディアの存在について、特に新聞が戦前、日露戦争のころから太鼓をたたいた、とも指摘する。戦争は部数増につながったからだと。P82あたりに出てくる、当時の新聞のあおり具合は読んでいて辛い。「昭和6年から8年くらいには、軍国体制がすっかり根を張っていた」。それには朝日、毎日も加担していた、と。

 すごい本だ。もう一度じっくり読み直してみよう。

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