2 小説 物語に浸る

池波正太郎『剣客商売 3-16』

蕎麦屋でちょっと一杯 夢想の愉しみ

 (新潮文庫、最終巻は1989年10月)

 ついにというか、やっとというか、シリーズ最終巻までたどりついた。

 実はこの春、3巻まで読んだところでもういいかとも思った。しかしなじんでしまった世界の安堵感は捨てがたく、読み継いだ。ブックオフで安い中古文庫を買い、欠けている巻は新刊を買って。

 秋山小兵衛が60歳の時にこのシリーズは始まった。剣豪の小説なのだから、絶対に負けることがないという設定はおかしくはないが、60歳になった剣客が主人公というのには、さすがにたまげた。

 しかも40歳も年下の娘を妻に迎えている。それなのに息子大治郎には敬愛され、周りの人からも、剣だけではなくて人格まで信頼される老人である。金払いもいい。ぼくのように60歳をすぎた老人予備軍だけではなく、50歳から上の幅広い年代の男たちにとって理想の老境に映るだろう。

 読んでいると、いますぐにも近くの蕎麦屋に出かけていって、いっぱい飲(や)りたくなってくる。主人公は剣士との戦いの場に赴く前でも「まずは、そば酒を」という風だから。作家本人が執筆のかたわら、和服でふらっとでかけて、いきつけの蕎麦屋に立ち寄るのを楽しみにしていると、雑誌のグラビアで観たか、何かで読んだ記憶もある。

 極上のエンタテイメントである。いくつになっても、こんな生活もありうるのだとにんまりしながら想像できる喜びは、うん、ほかに代えがたい。

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