4 評論 時代を考える

半藤一利『日本のいちばん長い日 決定版』

伝説の「玉音」記録 戦後70年にやっと

 (文春文庫、初刊は1995年6月)

 あまりにも有名な本であり、同じタイトルの映画も大ヒットしたことは知っていた。しかしぼくは、恥ずかしながら、戦後70年のことしになって初めて読んだ。新しく映画化されると知ったのがきっかけだった。

 綿密な取材と見事な構成によるドキュメントである。昭和天皇と周辺の人々、政治家や軍人、NHK関係者など多くの登場人物を頭に入れながら「8月15日 いちばん長い日」を追いかけていくことに知的興奮を味わった。取材しまとめた半藤氏たちのジャーナリストとしての仕事ぶりはすばらしい。うらやましい。

 知らないことばかりで、読み終えた後、あれこれ考えこんでしまった。

 ポツダム宣言を受けあの戦争を終わらせようと心に決めていたのは鈴木首相と阿南陸相と昭和天皇だったのか。本当にそうだったらなぜもっと早く、原爆が投下前に終わらせなかったのか。いやもしかしたら、本土決戦にもつれ込んでより多くの悲劇が出た可能性も大きかったらしい…。

 この文庫本を読んで、へえーつと感じたことがもうひとつあった。

 『日本のいちばん長い日』が最初に文藝春秋から発売された時は「戦後20年の節目の1965年の発刊、大宅壮一編」だった。その年の日付がある大宅氏の序によれば、文藝春秋の「戦史研究会」の記者が取材しまとめた。

 この『決定版』は「戦後50年の節目の1995年の発刊、半藤一利著」となった。半藤氏のあとがきによれば、1965版は編集部次長だった半藤氏が大事な取材を担当し原稿もまとめあげた上で「いろいろな事情から、当代一のジャーナリストの名を冠して刊行された」。決定版ではいくつかの誤りを正し、30年前は書けなかったことについても加筆したという。

 名義を大宅壮一から半藤氏に変えることについて、半藤氏はあとがきで、大宅夫人の許しも得て「わたくし(半藤)名義に戻させていただいた」。それは「社を退いてもの書きとして一本立ちした記念」でもあった、という。

 半藤氏は1930年生まれ。1965年版は35歳の働き盛りだった。その後は文藝春秋の編集長や専務まで歴任し、決定版と退任時は65歳。記者時代にだれもが認める力量と実績を残していたからの「一本立ち記念」だっただろう。

 その後の「もの書き」としての半藤氏の仕事ぶりも、いま63歳のぼくには、すごい、と感嘆するしかない。『昭和史』『昭和史 戦後編』はぼくも読んだ。写真で見る温厚な面立ちと相まって、曇りない目で昭和史を学び語るうえで欠かせないジャーナリストである。

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