3 随筆 個性に触れる

村上春樹『走ることについて語るとき僕が考えること』

芸術家=不健康 常識に真っ向から異論

 (文芸春秋、2007年10月発売)

 変なタイトルだと思って読み終えたら、あとがきに「出典」が出てきた。レイモンドカーヴァーという人の短編集『what we talk about when we talk about love』。夫人の許可まで取っている。このあたりのセンスにらしさを感じる。

 これまでも『遠い太鼓』とか『シドニー』などのエッセイを読んで、ランニング好きの作家であることは知っていたが、これほどとは思わなかった。

 『ノルウェイの森』『海辺のカフカ』など純文学的な透明感のある作品とマラソン大好き男がうまく結びつかない。ぼくと同年代でも村上龍ならば、彼と作品とスポーツ大好き人間とはさほど違和感はないのだが。

小説家に必要 まず集中力 つぎに持続力

 この本のエッセンスが詰まっているのは第四章だろう。2005年9月19日の日付がある。タイトルはやはり長い。『僕は小説を書く方法の多くを、道路を毎朝走ることから学んできた』。小説に必要なものとして「一に集中力。そして次に持続力」をあげている。

(▲本棚の村上春樹コーナー)

 芸術家=不健康という図式について、そういう見方を認めながら、真っ向から答えているところが面白い。

・体内の毒素に対抗できる自前の免疫システムを作り上げねばならない
・真に不健康なものを扱うには人はできるだけ健康でなくてはならない
・不健康な魂もまた健全な肉体を必要としている
・文学やつれを避けたい
・あんなものは芸術家じゃない、と言われても僕は走り続ける

 ぼくも30歳すぎからマラソンが大好きになって、少し時間があると走ったし、通勤ランもした。バンコクに行く前の1995年、43歳ごろからゴルフに比重が移り、バンコク以後、50歳すぎからゴルフ1本となった。

 いまでも空いている時間があればゴルフをとる。朝何時でも起きられるし、どんなに寒くても構わない。多少の雨も平気だ。そろそろぼくもゴルフについて思うことをまとめてみたくなってきた。

 そしてまたぼくも、再び走り出す時がくるのだろうか。

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