5 映画 銀幕に酔う

韓国ドラマ『愛の不時着』

南が描く「禁断の恋」 主役は「北の素顔」

 (イ・ジョンヒョ監督、日本公開はNetflixで2020年2月から)

 この春から、新型コロナ感染とほぼ同時期に大流行してきたのが、この韓国ドラマだった。ぼくも8月のお盆過ぎからNetflixを視聴できるようになり、遅ればせながら全16話を8月後半の10日間で集中的に観た。

 ■展開・画面・演技 質の高さに仰天
<▲板門店から見た北朝鮮=2006年>

 韓国の「財閥令嬢」がパラグライダーに乗ったときに竜巻に流され、北朝鮮側に不時着して「北朝鮮将校」に助けられるという始まりは、すでに新聞で知っていた。なのに観始めると、その筋立ては想像以上にスリリングで、しかも1回目からドラマの質の高さに仰天してしまった。

 展開はスピードに緩急がしっかりついている。どの画面もセットがきちんと作り込まれていて、手抜き感がない。どの俳優も役そのものに入りきっているようにも見えた。ぼくが過去に観た映画『シュリ』『JSA』『パラサイト』で感じたのと同水準の熟度がテレビドラマにも満ちている。

<▲板門店の38度線>

 そのうえに今回も『シュリ』『JSA』と同じ味付けが加えられた。「北朝鮮」である。韓国にとって「北」は、日本人のぼくには想像もできないほど深刻で濃密な存在だろう。それを見事にドラマに取り入れ、映画の中だけでも「本当の兄弟」に近い感じにまで引き寄せてしまったのだ。

 ■お人好しおばさん うぶな兵隊 北の庶民に魅力

 中でも、令嬢が住み着くことになった北朝鮮の村のおばさんたちが実にいい味を出している。うわさ話に時間を忘れ、隣人のことをなんでも知りたがり、おせっかいもまた大好き…。日本のふた昔前の村落や団地や社宅で寄り添って暮らしていた、素直なおばさん仲間である。設定が北朝鮮だからありうるのだろうし、ぼくはものすごい郷愁を感じた。あの寅さんの世界を思わせるのだ。

<▲ソウルの街>

 もうひとつは、将校のもとにいる4人の兵隊たちだ。こちらもみな素直で、将校を上司として敬い、3人は令嬢を姉と慕う。あんなにうぶな若者も設定が北朝鮮ならありうると思わせる。彼らがドラマの後半、将校の後を追って命令でソウルに侵入してくると、うぶな魅力が全開になる。

 それに比べると令嬢の韓国側は、兄弟夫婦の醜いいがみ合いや主導権争いばかりが描かれ、資本主義の負の側面が前に出てくる。このあたりは、北朝鮮側でも、将校の上司が悪事に手を染めていて、北朝鮮の暗部を示唆しているともとれる。

 ■「禁断の恋」 ぼくはもう父親の目線

 ぼくは68歳だから、将校と令嬢のお父さんとほとんど同じ年だ。だから主人公たちの「禁断の恋」を、父親の目線でハラハラしながら眺めていた。実在すれば自慢の息子であり娘だろう。幸か不幸か、おそらくラッキーなのだろうが、日本ではありえない設定である。

 ■脇役にピアノ 隠し味に「兄に捧げた曲」 

 脇役と隠し味の位置づけも見事だった。脇役はピアノ、隠し味は「軍に入って先に死亡した兄のため、将校が作った曲」である。

 将校は若いころピアニストになりたくてスイスに留学していた(そういえば金正恩氏も確か、中学生ぐらいの年代にスイスに留学していたはず)。そのころに令嬢も傷心旅行に出かけており、偶然に現地で出会っていたことを、ずいぶん後になって二人は知る。

 将校が、兄の死を知って北へ帰る前にスイスの湖畔でその曲を弾いた「別れのピアノ演奏」を、令嬢が遊覧船から聴いていた、という出来過ぎのおまけまでついていて、しかもその延長で大円団にいたる。

 その曲のことはドラマの当初から何度か出てくるので、視聴者は曲にまつわるストーリーをふたりよりも先に知っている、という手の込んだ仕込みもさすがであった。

 ■半沢だけでは太刀打ちできない

 なんだかんだと長くなった。ついつい理屈っぽく語りたくなってしまう。それもこのドラマの奥の深さと幅の広さ、副作用の強さだろう。正直、まいりました。韓国の映画とドラマ、恐るべし。日本の映画ドラマ界は『半沢直樹』だけでは太刀打ちできない。韓国における「北」と同じようなテーマは、日本では何になるのだろうか。

 

こんな記事も書きました