1 ゴルフ 白球と戯れる

米映画『ボビー・ジョーンズ 球聖とよばれた男』

確執・重圧・病気 伝説の陰に苦難

(ローディー・ヘリントン監督、2004年制作 / Amazonビデオ)

 ゴルフ好きならみな知っているだろう「伝説のアマ・プレーヤー」だ。弁護士をしながら1930年に英米4大メジャーすべてを制したが、その陰には親子の確執、重圧と変調、病気との闘いがあった。さらに28歳で引退したあと名門オーガスタコースとマスターズ大会を創設している。いま観ておいてよかった。来月の開催が待ち遠しい。

■少年の成長に初々しさと魅力 
<▲Amazon画面から>

 ボビーは1902年、米国アトランタ州の裕福な家で生まれた。近くにゴルフ場があり小学生から父についてフェアウェーを歩き始めた。

 父はスポーツ好きだが、母は読書をボビーに勧めた。少年はゴルフに魅かれていき、あるときはコースわきの木の陰で、レッスンプロのスイングを真似て素振りを繰り返す。あるときは30ヤードのアプローチショットをひとり黙々と繰り返す―。その姿は初々しい。いちばん好きなシーンだ。

 ぼくは偉人の伝記では、映画もテレビも小説でも、少年から青年に成長していくころがいちばんわくわくする。信長や秀吉や家康、龍馬や西郷、海外ならモーツァルトやベートーベン…。人生のまだ苦悩を知らない元気盛り、若さへの郷愁からだろう。

■待ち受ける困難 トップの宿命

 この映画も「恵まれた環境が生み出した天才」という単純なサクセスストーリーにはなっていかない。いくつもの困難がボビーを待っていた。

 ひとつは祖父と父の確執だった。父は大学まで野球をやり大リーグから誘われたが、祖父の反対で弁護士になった。祖父は孫ボギーのゴルフ熱にも強く反対し、ボビーの父と険悪になる。

<▲イメージ画像>

 ふたつ目は勝気な性格だ。自分のミスショットにキレて、クラブを放り投げギャラリーをけがさせたこともある。「冷静沈着で自己抑制にすぐれたアマ」という印象は、試合に勝てるようになってからのようだ。

 もうひとつは病弱な体質だったこと。試合が続いた時には手や足にしびれを感じるようになる。静脈瘤と診断されている。

 さらに精神もかなりやられていた。地元の期待を背負っているし、賭けの対象にもなった。勝利への重圧が強すぎて胃が不調になって棄権寸前という時もあった。心配する妻とのすれ違いもあった。

■「なぜプロにならないのか?」

 アマとしての勝利が積み重なるにつれて、周囲から「なぜプロにならないのか」という質問を受けるようになる。友達からも記者からも。彼は答える。

 「ぼくはアマチュアだ。ラテン語では『愛』の意味だ。ぼくはゲームを愛している。金がからめば愛とは呼ばない」

 先の精神的重圧といい、アマかプロかの選択といい、ゴルフ競技の神髄に付随することだろう。現代のトッププレーヤーが直面する難題と、ほかならぬボビーも戦っていたのだ。

■俳優がスイングも 「華麗」には遠く

 このころのクラブシャフトは、ヒッコリーというクルミ科の木を使っていた。道具の進化によってボビー引退後はスティールに変わり、今はカーボンが主流だ。弾性が異なるのでスイングも変化してきたとされる。

<▲『ティンカップ』>

 ボビーのスイングは「美しく完成され華麗だった」といろんな本で紹介されてきた。動画も残っていてネットで観ることができる。映画では成人ボビーをジム・カビーゼルという俳優が演じた。

 そのスイングは、バックでは左足の膝を大きく右に送り(左足かかとは上げて)、トップのヘッドは左肩より下まで降ろしている。フィニッシュにかけては左足で地面をけるが、左腰はさほど開かずに振り切っている。

 文字で書くとこうなるけれど、俳優ジルのスイング演技はぼくの目からは「華麗」とは遠い気がした。昨年8月に観た『頂へのティーショット』の女優よりははるかにうまいが、ことし1月に観た『ティン・カップ』のケビン・コスナーには及ばないだろう。

 ゴルフに限らず野球でもサッカーでも、スポーツヒーローの映画化が難しいのは、どんなに演技がうまい俳優でも「天才プレー再現」は至難の業だということだ。記録映像を使ったのではドキュメントになってしまう。

 ■セントアンドリュースの威厳
<▲『セント・アンドリュース』>

 映画の冒頭はなんと、英国のセントアンドリュースの美しい映像から始まった。引退から6年たった1936年、ボビーが英国出張のついでに立ち寄る。数人にしか知らせていなかったはずなのに、たくさんの住民がコース前に集まり「おかえり」と歓迎するシーンである。

 ボビーは19歳の時にセントアンドリュースでの全英オープンに初参加した。しかし強い風、深いバンカー、深いラフ…。あまりの難しさにたまりかねて途中棄権してしまう。この場面は映画でも重要なシーンだ。

 しかし1927年にはこのコースでオープンに優勝。引退した1930年のこのコースでの全英アマでも勝ち、地元でも人気の米国人だった。

 こうしたシーンでは秋山真邦『セント・アンドリュース』の写真を思い起こした。行きたいなあ。ぼくもあの光景を見ながら風とバンカーとラフと闘ってみたい。

 ■マスターズまで1か月
<▲『最高の人生の見つけ方』>

 この映画は、引退を表明した後にボビーが旧知の記者から「これから何をするのか」と問われて、理想のゴルフコースを地元に作る計画を語りながら、ティーショットを放つシーンで終わる。

 そこがオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブとなる。そのコースで毎春に開かれることになるマスターズについては何も出てこない。米国のゴルフファンにはオーガスタとマスターズの歴史はイロハのイなのだろう。

 そのマスターズ、ことしは例年通り4月の8日から11日までオーガスタで開かれる。昨年は新型コロナの影響で11月に延期された。無観客で開かれダスティン・ジョンソンが初優勝した。

 その様子をテレビで観ながら読んだのがトリップ・ボウデン『最高の人生の見つけ方』だった。オーガスタのすぐわきで1966年に生まれたボウデンと、名物キャディーマスター、フレディーとの触れ合いの実話だった。

 いま思えば著者のボビー・ジョーンズも64年前に、ジョージアのゴルフ場近くで生まれ育っている。ボウデンと同じ境遇だったのだ。

 ■まさに文武両道 69歳で死亡

 ボビーはジョージア工科大学で機械工学を学び、ハーバードで文学を学んでから弁護士になっている。一方でゴルフの世界では「プロよりも強い最強のアマ」として世界に名を広めた。映画の中で、地元紙の記者がボビーの人生を概略こう総括している。

 「母のために学び、祖父のために弁護士になり、妻のために引退した」
 「自分のためには? ゴルフ場を作った。セントアンドリュースに敬意を捧げながら」

 まさに文武両道の模範人生を歩み、1971年に亡くなった。69歳。晩年は脊髄の病気になり、車いす生活だったという。

 ボビーが亡くなった年齢の69歳は、ぼくがあと3か月で迎える年齢でもある。幸いまだこの足で歩ける。ボビーのスイングの真似もできる。ゴルフ場はつくれないけれど、来年からグランドシニアの競技会に挑戦することはできそうだ。文武も両道も、ひとそれぞれでいい、と思うことにしよう。

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