カタカナ表記 消える長音 五輪が潮目
ゴルフ好きなら「PlayFast」というマナー標語をご存じだろう。「プレーは速く」との呼びかけだが、ポスターのカタカナ表記から「ファースト」が消え「ファスト」に統一されつつある。ささいなことだけど、調べてみると意外に大きな時代の流れがあった。ユニクロの社名や朝食の語源までからんできて、言葉の旅を楽しんだ。
PlayFastのカタカナ表記
昨年の秋、所属するゴルフ俱楽部で4人乗りカートに乗っているときだった。フロントガラスに張ってあるステッカーの長音符号「—」が白塗りしてあるのに気づいて「?」となった。
「プレーファースト」→「プレーファ スト」
クラブハウスに戻ってほかのカートも見てみると、白塗りしてないのもあった。
もとの英語はPlayFast。プレーヤーたちに「進行は速く」と呼びかける標語だ。Fastには形容詞の「速い」と、副詞の「速く」の使い方があり、この場合はPlayの後につけて副詞で使われている。
ぼくの記憶ではFastのカタカナ表記はずっと「ファースト」と「ファスト」が混在してきた。外来語のカタカナ表記ではよくあること、日本語の宿命だと割り切ってきたものの、いまなぜゴルフ場で「ー」を消すのか、元記者の性癖が顔を出してきた。
「ファスト」 まず外食 次に衣料で定着
新聞社時代を振り返ると、Fastをファストと表記するのが定着したのは「ファストフードfast-food」が起点だった気がする。
ハンバーガーやドーナッツ、そして日本の牛丼やセルフうどん…。「注文してすぐ食べられる手ごろな値段の料理」が急増し、総称する言葉として「ファストフード」が2000年ごろからビジネス用語として、あるいはトレンド論で使われるようになった。
この呼称は「ファストファッションfast-fashion」につながっていく。ZARA(スペイン)、GAP(米国)、ユニクロ(日本)…。製造直販の服飾小売チェーンのことだ。2009年には新語・流行語大賞のトップテンに選ばれている。
2016年に「都民ファースト」
もうひとつの表記「ファースト」は、最初の大きな動きが「都民ファースト」だった。小池百合子氏が2016年7月の都知事選で掲げた政治姿勢スローガンだ。当選後には政党「都民ファーストの会」も立ち上げ、都議会の第一会派になっている。
この場合の「ファースト」は英語の副詞first、日本語では「第一に」の意味だ。ぼくはこのとき「レディーファーストlady-first」を連想し小池女史の言語センスと勝負勘にあらためて感心した。彼女が同年生まれであることや好き嫌いは別にして…。
2020五輪は「アスリートファースト」
決定打は2020東京五輪のスローガン「アスリートファーストathlete-first」だったのではないか。「選手を第一に」。コロナ禍での「バブル」運営やマラソン会場の札幌変更でも判断軸のひとつとなり、議論の焦点にもなった。
もともと「選手を第一に」の意味では「プレーヤーズファーストplayers-first」がサッカー界で早くから使われていたらしい。小池氏が「都民ファースト」を言い出したころには、スポーツ界全体にかなり広まっていたこともネット上で知った。
ゴルフ業界は「ファスト」に統一?
こうなってくると「PlayFast」のカタカナ表記が「ファースト」のままでは座りが悪いだろう。中部地区のゴルフ場にいま張ってあるCGA(中部ゴルフ連盟)のポスターは「ファスト」に統一されている。
それでも「ファースト」のままのポスターもときどき見かける(下の写真)。それはそれで、ほっとする自分がいる。この「ファストorファースト」論は意外と奥が深く、例外も多いとも知ったからだ。
理想の標語は「Play First」
「プレーは速く」の標語が目立つのはそれだけスロープレーが横行しているからだろう。ゴルフ場での不満や苦情でいちばん多いと推測する。たまたま同じ組になった人や、前の組が遅いとひどく苛立つのが凡人心理だ。でも自分の番がくると忘れてしまう…。
スロープレーはゴルフ場運営者にも難題だ。ひと組、いやひとりだけでも遅いと後の組はみなラウンド時間が長くなってしまい、プレーヤー全員の満足度が落ちる。それが重なるとゴルフ場そのものが評判を落としたり、スタート組数を減らさざるをえなくなり、経営に直結していく。ゴルフ場が標語を派手に掲示する所以でもあるだろう。
ここからは理想論だ。ぼくがいちばん大事に(first)したいのは、この摩訶不思議な球戯そのものを大事に仲間と楽しむ(playする)ことだ。速く(fast)は、楽しむ(playする)ための手段にすぎない。ゴルフ場が堂々と英語だけで「Play First」と掲げる日がきてほしい。
<例外1>ユニクロは「fast」×「ファースト」
昨年12月23日朝、朝刊を読んでいたら「求む」という大見出しの全面広告が飛び込んできた。社名は一番下にあり、こう書いてある。
FAST RETAILING 株式会社ファーストリテイリング
ご存じ「ユニクロ」を運営している会社だ。日本の「ファスト」ファッション業界のトップ企業である。社名には「fast」。でも日本語表記は「ファースト」だ。
ホームページによると1949年に「小郡商事」の名で創立され、1991年3月に「ファーストリテイリング」に商号変更している。それから後も「ユニクロ」は大躍進を続け「ファースト…」の社名もブランド化し、ずっと日本では「第一」の位置にいる。
実はこの全面広告に「ユニクロ」のロゴも4文字もない。「ファースト」を冠した社名へのこだわりを強く感じる。いまさら「—」を消して縮こまる必要はない—。柳井正氏は誇りを胸にそう判断しているとぼくは勝手に想像している。
<例外2> 朝食のfastは「断食」
こちらも昨年末のことだ。後輩の現役記者A君とラウンドしていたとき「ファストorファースト」の話をしたら、A君は言った。「朝食のブレックファストのファストは『速い』ではなくて『断食』なんですよ。知ってました ? 」
帰宅して辞書を引くとその通りだった。Fastには名詞として「断食」の意味もある。「break-fast」は文字通り「断食を破る」から朝食の語源になったとある。
このとき自分が69歳の今日まで別の勘違いをしていたのも知った。朝食の英語綴りを「break-first」だと思い込んできたのだ。その日の最初に食べるから「first」だろうし、だから読みも「ファースト」だと信じていた。赤面ものである。
2月8日の午後、FMラジオを聴いていたら、出演者が「ファスティング」という言葉を連発していた。もしかしてと耳をそばだてたら「断食するfasting」とわかった。ダイエット策のひとつとして注目され、一部で流行しているらしい。