不倫・疑心・嫉妬 小道具に昭和の匂い
(是枝裕和監督、netflix、2025年2月12-16日)
向田邦子脚本のNHKドラマ『阿修羅のごとく』を是枝裕和監督が46年ぶりにリメイクした。不倫、疑心、嫉妬、裏切り…昭和54年の東京で別々に暮らす4姉妹の多様な生き様と確執が入り乱れるが、強い絆も根っこにはある。女優たちの演技の突き抜け感がすごい。さりげない”小道具”からは昭和の匂いがぷんぷんした。

■3顔と6腕 善と悪 多義性の神

題名にある「阿修羅」は、奈良・興福寺の国宝・阿修羅像をイメージしているのだろう。凛々しい若者が3つの顔と6本の腕を持っている(写①)。なんとも摩訶不思議で大胆なお姿だ。netflixのポスター(写②)で4姉妹の手も似たポーズをとっている。
そもそも「阿修羅」とは何者なのか?
ーー梵語のアスラ(Asura)の音写で「生命(asu)を与える者(ra)」とされ、また「非(a)天(sura」とも解釈され、まったく性格の異なる神となります。ペルシャなどでは大地にめぐみを与える太陽神として信仰されてきましたが、インドでは熱さを招き大地を干上がらせる太陽神として常にインドラ(帝釈天)と戦う悪の戦闘神になります。
(興福寺のホーページから)
つまり善であり悪、悪であり善ー。どちらとも解釈される”多義性の神”なのだ。その立ち姿は180度違う解釈を表すだけでなく、人間が内面にかかえる多面性と矛盾、そこから生まれる魅力までも象徴しているようだ。
ぼくも16年前と6年前の2度、実物を観た。角度を変えながら、ずっと見つめていると、こちらの奥底ものぞき込まれているような感覚になった。
■男女のどろどろ これでもかと
NHK版(全7話)をぼくは一部しか観ていない。1~3話が放映された1979年1月は、初任地の富山に赴任した直後だった。残り4話が放映された1980年1月は病気で入院していた。4姉妹を主役にした男女のどろどろドラマ、という印象は残っている。

リメイク版はnetflixが2025年1月に独占配信を始めた。やはり全7話あり、ぼくは妻とふたりで4日間、計7時間かけて観た。
あらすじは原作を踏襲しているという。4姉妹とその家族の日常生活を通じ、人の多面性と矛盾と確執をこれでもかこれでもかと描いていく。不倫と秘め事、嫉妬とやっかみ、軋轢と競争心…。
その密度ともつれ具合は、阿修羅像の顔と手から受ける心象と相似だった。ぼくは男4人兄弟の末っ子でもあり、途中でさすがに満腹感もあったけれど、『阿修羅のごとく』というネーミングの鋭さには、さすが向田邦子、とあらためて認識させられた。
NHK版はもうひとつ、テーマ音楽が強烈で、不穏な不協和音が中身にぴったりだったという印象が残っている。その音楽がトルコ伝統の「軍楽」だったことを、今回、ネットで知った。リメイク版はピアノトリノの現代曲を採用していた。
■昭和の匂い 小粋な小道具

向田邦子は1929(昭和4)年の生まれで、戦前からの庶民の暮らしや民家での生活のリアルを大切に表現してきた。脚本だけでなく小説やエッセイ(写③)にも巧みに取り入れている。
リメイク版でも是枝監督は、昭和50年代の市民の暮らしをていねいに再現して、向田色を引き継いだ。たとえばー
- 漬物の仕込みは家族で
- 黒電話の音と公衆電話
- 新聞への投書と景品
- 「超高級」オールドパー
- 瓶ふた開けは輪ゴム巻き
- まじない「へのへのもへじ」
こうした場面や仕掛けや小道具には、バブル前の昭和の匂いや香りがぷんぷんしていた。これらがさりげなく出てきたり、展開のなかで大事な存在になっていったりする。昭和27年生まれのぼくも懐かしさを感じながらみつめた。小粋な小道具だった。
■リメイク楽しむ? 4女優の「なりきり」
4姉妹を演じる女優を新旧で対比すると、こうなる。46年の時の流れを感じる。
1979NHK版 → 2025リメイク版
長女 加藤治子 → 宮沢りえ
二女 八千草薫 → 尾野真千子
三女 いしだあゆみ→ 蒼井優
四女 風吹ジュン → 広瀬すず


<(左)1979年NHK版(右)2025年リメイク版>
リメイク版の4女優の演技にぼくは、とてつもない熱と密度を感じた。この4人は、NHK版での先輩の演技を何度も見返したことだろう。そこに是枝監督の脚本と演出が加わった。『怪物』や『万引き家族』でも俳優たちは役になりきり、密度が濃かった。
とくに4姉妹が集う場面が圧巻だ。さんざん喧嘩したかと思うと、幼少時の思い出話に話題が飛ぶと一転して大声ではしゃぎあう様がすばらしい。4人とも、名作のリメイク演技を女優として心の底から楽しんでいる。その突き抜け感がかっこいい。
■向田×和田 是枝監督のリスペクト
是枝裕和監督の映画はこれまでに8本観ている。うち6本は印象記も書き、このサイトにアップした。自分でつけた見出しとともに書き出すと…
『だれも知らない』(2004年10月)
作り物ではない自然さ 忍耐と時間に敬意
『歩いても 歩いても』(2009年2月)
身につまされる場面の連続 ここでも阿部寛
『そして父になる』(2013年10月)
実景の丁寧な作り込み 取り違えに普遍性
『海街diary』(2015年6月)
姉妹の日常 流れる心 移ろいの物語
『万引き家族』(2018年7月)
ひとことではくくれない でも腹に響く
『怪物』(2023年6月)
すれ違う景色 歪みが生む魔物
摩擦と痛み震源 だれにも可能性
この6作品のうち、直近の『怪物』だけは脚本を坂元裕二が書いている。ほかの5作品は是枝監督が脚本も書いた。今回の『阿修羅のごとく』リメイク版も脚本を書き直している。
ぼくが過去作品につけた見出し「作り物ではない自然さ」「実景の丁寧な作り込み」「姉妹の日常 流れる心」は『阿修羅のごとく』でもそのままあてはまる。
NHK版は名物ディレクターだった和田勉も演出に加わった。wikipediaによると7回のうち4回分を担当している。きれいごとの台詞や展開を嫌い、女優から裸の個性を引き出すことに長けていたという。是枝監督の脚本と演出は、すでに故人となってしまった向田邦子と和田勉へのリスペクトも強く感じる。