名匠設計の三の丸 「江戸城」対決
ことしの日本女子オープンゴルフは明治生まれの名匠・井上誠一が設計した烏山城(からすやまじょう)カントリークラブで開かれた。コース名が「二の丸」と「三の丸」で、4日の最終日最終組は「黄金世代」の勝みなみ(23)と急成長の西郷真央(19)による”勝vs西郷の江戸城対決”となった。偶然とはいえなんとも粋な組み合わせの勝負を、リタイア後ならではの月曜日の昼、NHKの完全中継と井上誠一写真集を見比べながら楽しんだ。
(9/30-10/4、栃木・烏山城カントリークラブ)
■TV中継は「らしさ」発見も愉しみ
ゴルフ場設計者の井上誠一は明治41(1908)年に、東京・赤坂の医者の家に生まれた。1981年に没するまで日本各地で38のコースを設計した。山田兼道氏が撮影した写真集『大地の意匠』についての自分の文章に、ぼくはこんな見出しをつけた。
- 優美 妖艶 静寂 … 悪魔のささやき
これまでにぼくが体験できたのは愛知、南山、春日井、桑名、伊勢の5つだけだ。
東京五輪の舞台になった霞が関(埼玉県)をはじめ、大洗(茨城県)、よみうり(東京都)、茨木(大阪府)などがプロの試合会場になるたびに、テレビ画面で「井上誠一らしさ」を見つけるのも愉しみにしてきた。
■写真のベスト「烏山城 二の丸 8番」
写真集には117枚のカラー写真がおさめられている。ぼくがいちばん好きなのが今回の舞台の烏山城の「二の丸コースの8番」。こう書いた。
なにより美しいのは、ピンが風になびくグリーン周りのバンカーの曲線、きれいにそろえられた土手の芝部が織りなす複雑な模様だ。仏像の衣紋のようであり、横たわる女性のヒップのようであり…。完全な垂直や水平の線はどこにもない。垂直なピンを除いては…
かすかにうねったグリーンと垂直ピンの向こうに雲海がたちこめている。手前のバンカーの闇のなんと妖艶なことか。
大会は2日目が台風のため順延されたため、最終日が4日の月曜日となった。ぼくは日曜日は所属クラブの月例コンペがあったし、完全退職しているので月曜は休養日の予定だった。
NHKは共催者でもあり、最終組のスタートから勝敗決定まで完全中継してくれるとわかっていた。だから4日は正午前から午後4時まで、テレビの前のテーブルに写真集を広げ、烏山城のページを繰りながら「井上誠一らしさ」を探しつつ、たっぷりと観戦した。
■勝のバンカー画面に「らしさ」
烏山城は27ホール3コースを有し、コースには「本丸」「二の丸」「三の丸」の名がついている。大会は「二の丸」と「三の丸」を使いホールには1~18番の通し番号をふった。
ぼくが写真集でいちばん好きな「二の丸8番」は「前半8番」と紹介された。打ち上げのPar3、最終日の距離は198ヤード。ティーショットを勝は左手前バンカーに入れ、西郷はパーオンさせた。結果はともにパーだった。
NHKはティーとピンの後方に固定カメラを置き、移動カメラも使っているようにみえた。いちばん「井上らしさ」を感じたのは、勝のバンカーショットを横からとらえた画面だった。「かすかにうねるグリーン」の面と、「仏像の衣紋のような」土手の芝部もテレビ画面奥に写っている。
やはり烏山城のコースはテレビで観ても美しかった。ただ違いも感じた。女子オープン最終日は秋晴れの見事な青空で無風だったし、ゴルフをする場としての様式美に満ちていた。写真集の西の丸8番の撮影はおそらく早朝で、ピンの向こうには雲海が漂っている。こちらはゴルフを超越した造形美というべきなのだろう。
■「二の丸」「三の丸」の江戸城対決
日本人なら「勝VS西郷」とくれば幕末の江戸城での談判を思いうかべるだろう。しかも使われたコース名は「二の丸」と「三の丸」だった。
しかし実況では、ぼくが観ていた限りでは「江戸城」への言及はなかった。「名匠井上誠一の設計」とか「難しい17、18番」という表現は何度か出たけれど。勝も西郷も若い女性だし、「二の丸」「三の丸」は大会でも中継でも使っていないためあえて言及しなかったと想像する。解説者が饒舌で博識なT氏だったり、後半コースが「本丸」だったらどうだったろうか…。
■構えた時に「これは入る」
さて勝みなみの圧勝に終わった勝負のヤマ場はどこだったか。結果論的に振り返ると、何が起きてもおかしくないとと解説者が言い続けてきた17番や18番ではなかった。中継が始まった直後の1番と2番で勝が3-4mの難しいパーパットを決めた時点だったと確信する。
だれもが緊張する1番ホールで勝はティーショットを右のラフに入れてパーオンできず、3m強のパーパットを残した。下りの軽いフックにぼくは見えた。主催する日本ゴルフ協会のホームページによると、勝は試合後にこう語った。
「これでパーが獲れなければ流れがつかめないなって思いながらパッティングの準備をしたんです。すると、構えたときに、ふと、これは入るなって感じだったんです」
勝は2番でもティーショットを右に曲げ、ボールはカート道まで転がってしまう。無罰救済を受けグリーン手前ラフに運び、そこから寄せたものの、またも4mのパーパットを残した。勝はこう振り返っている。
「でも、決めたら、いい流れがくるかもしれない」
勝はそれを見事に沈めて「流れをつかみ」、「いい流れ」に乗った。あとの16ホールはショットもパットも完璧で隙を見せなかった。
日本ゴルフ協会のホームページによれば、この日のグリーンの速さは10.5フィート。プロの試合としては速くはないし、ぼくにも経験があるスピードだ。
しかし10.5フィートの3mパットで「構えたときに、これは入るなって感じ」をぼくは想像できない。かといって、入ったからこそ言える言葉遊びでもないと思う。プロとはいえ彼女はどれほど練習してきたのだろうか。その量も質もぼくの想像をはるかに超えているだろう、ということだけは想像できる。