2 小説 物語に浸る

タイパ抜群? 大ヒットの家族小説…原田ひ香『三千円の使いかた』

「お金」めぐる悩み 繊細にさわやかに

(中公文庫、単行本は2018月4月発刊)

 こんな小説は初めてだ。登場する女性たちが、日々の暮らしや夢の実現にはまず「お金」が大切と悩み、日々の節約から貯蓄、投資へと形を繊細に変えながら物語は進んでいく。節目では何を優先するかと家族のつながりがいちばん大事という古典的価値観もさわやかに残しながら。実利情報と小説の面白さの同居が、いまのタイパ(時間対効果)志向と重なり75万部もの大ヒットにつながったのだろう。

■75万部 2022年の文庫部門「4冠」

 この小説はずっと気になっていた。ノウハウ本のような直截な題名が頭に残っていたのと、2021年8月に文庫化されてからの増刷ペースが速かったからだ。

(▲2022年末の新聞の書籍広告)

 大好きな作家の新作はもちろん大事だけれど、ベストセラーにも強く惹かれる。いまの時代を一緒に生きている日本人がどんな本になぜ惹かれているか知りたいから。単なるミーハーかもしれないけれど。

 そして2022年末、新聞の記事下広告に驚いた。「大反響75万部 文庫で4冠達成」とある。すぐ近くの本屋さんで買い、年の瀬に一気に読んだ。

■孫娘と母と祖母 それぞれの目線

 小説の展開も予想外だった。娘ふたりと母と祖母の4人が順に主人公になって一人称で語っていく。最後にはそれぞれの物語が自然に折り重なっていく。

  • 二女の美帆(24)は都内のIT会社に就職し、ひとり暮らしを始めたばかり
  • 姉の真帆(29)は元証券会社員で、中学同級の消防士と結婚して専業主婦  
  • 母の智子(55)はバブル期の元OLで、夫との暮らしに疑問符を感じ始める
  • 祖母の琴子(73)は夫が死ぬと年金が半分になり、老後不安を感じている

 この4人、どこにでもいそうな女性たちだ。作者の原田ひ香氏は1970年生まれなので、単行本が出た2018年は48歳。お金や仕事、パートナー…。主人公たちの悩みの色あいや、悩みを家族や友人に打ち明けるときの心の綾を自然に、そして繊細に描いていく。

 ぼくは男性で70歳だから想像するしかないが、主人公たちと同年代の女性読者には「あるある」「そうそう」の連続ではないか。これも大ヒットの最大理由に違いない。

■節約・貯蓄・投資 専門用語ひんぱんに

 「お金」にまつわるあれこれは、物語を構成する大事な要素としてひんぱんに出てくる。暮らしをどう節約するかの具体的なノウハウから始まり、貯蓄を継続する極意へと広がっていく。

 そうかと思えば、ゼロ金利時代の預金の増やし方とか、離婚する際の財産の分け方も出てくる。「貯蓄から投資へ」と政府が音頭を取る新制度の説明もある。

 こうした用語や知識は金融ノウハウ本なら当たり前だ。しかし小説で真正面から扱った例をぼくは知らない。文学的な香りや余韻を損ないそうだし、作家によっては「下品」に思えるだろう。

 しかしこの小説では見事に同居し、ぼくに違和感はなかった。お金の話は、女性たちの節目と今後を考えるのに不可欠な描写のひとつとして自然な形で物語に入り込み、だからこそ話は滑かに進んでいく。

■情報量の爆発 タイパ志向の広がり

 「ミニマムライフ」「断捨離」「こつこつ節約」…。ここ5年ほど、新聞や週刊誌やネットでこんな言葉を目にすることが増えた。暮らしから「無駄」や「余分」をはぎ取り、どうしても必要なものだけに囲まれて過ごすほうが快適、という感覚だろう。賃金が上がらなくなって、そうするしかないという側面もあるかもしれない。

 その流れで2022年によく耳にした言葉が「タイパ」だった。コスパ(費用対効果)のコストをタイムに変え「かけた時間に対する効果」を意味する。映画を倍速で観たり、無許可の映画要約版サイトを利用する若者が増えていて、その背景として「タイパ志向」が指摘されていた。

(▲文庫カバーの裏側)

 ネットとスマホの普及で情報やコンテンツの量が爆発的に膨張している。観たい映画や読みたい本は次々に出てくるけれど、ひとつひとつじっくり味わっていたら時間がかかりすぎる。就活の自己PRにも足りない―。

 この小説はお金の実利知識を学びつつ、物語の面白さに浸ることができる。社会に広がる「タイパ志向」が75万部への強い追い風になったのではないか。ここまで考えてから、広告や帯にある売り文句の「絶対『元』もとれちゃう」を、あらためて、じっと眺めた。

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