階級 人種 国境 飛び越えた楽曲と言動
(NHK総合テレビ、6月12日と19日)
これほど強力な組み合わせをほかに知らない。ビートルズと『映像の世紀』。あの4人組が1960年代の世界に与えた影響を、NHKが埋もれていた映像も発掘してドキュメンタリーにまとめ2週にわけて放映した。ベストアルバムにあわせた前編『赤の時代』では、楽曲と言動が、階級や人種を越えて世界の若者の心に火をつけていた。後編『青の時代』では、熱波は熟度を増し東西冷戦や宗教をも溶かしていく。なじみの楽曲が現代史と一体になっていた。
■「ルーシー」で始まり終わる
前編『赤の時代』は木星探査機ルーシーの打ち上げ場面で始まった。2021年10月のこと。最初は「なにこれ?」と意表をつかれたけれど、すぐ、ジョン・レノンの曲『Lusy in the Sky with Diamond』につながっていくと想像がついた。
予想通りこの探査機の名前はジョンの曲にちなんでいたと教えてくれる。でも搭載している銘版に、ビートルズの4人の名前と短い言葉が刻まれていることは知らなかった。
後編『青の時代』の最終場面もルーシーだった。この探査機はこの先、気の遠くなるような年月、探査を続けるそうだ。「数百年、数千年の先も彼らの音楽は聴かれているでしょうか」との締めは、ビートルズが「時空を超える存在」との見方でもあるのだろう。
■「赤」と「青」 ベストアルバムの色
サブタイトルの意味は、ビートルズファンならすぐ、ベストアルバムの色だとわかるだろう。「赤盤」はデビュー直後の1962年から1966年までの25曲、「青盤」は1967年から1970年、コンサートをしなくなってから4年間の28曲がセレクトされている。
このドキュメンタリーも前編は、ライブ会場で熱狂するファンの映像を軸にして、4人の音楽とファッション、自由で知的な言動が階級社会や人種差別をなぎ倒していく様子が描かれる。
後編になると、4人は髪を長くし、ひげを生やし始める。コンサートを開かずスタジオ録音に専念することで楽曲は深みを増していく。ヒッピー文化をリードし、東西冷戦の壁をも突き抜けていった。宗教や麻薬のタブーにも踏み込んでいく。
こうした流れは、ぼくなりにわかったつもりでいた。しかし、何度も聴いてきたなじみの楽曲が、初めて観る実写映像と一緒に流れると、その時代にしかなかった空気や臭いをはっきり感じ取ることができた。
■ソ連崩壊への影響にも焦点
後編では、ソ連の崩壊にも大きな影響を与えたとの見方を強く打ち出している。ソ連時代に、当局の厳しい統制にもかかわらず、隠れてビートルズを聴く若者たちの映像があった。ソ連邦のひとつ、リトアニアでは、ビートルズに魅せられた若者が国民的歌手になって、独立へと導いていた。
「映像の世紀」の最近のシリーズは、ロシアのウクライナ侵攻につながる出来事と、それにまつわる映像を軸に据えることが多い。5月22日に観た『独ソ戦』もそうだった。ただ6月13日になってNHKは、スターリンの発言内容などについて大きな間違いがあったと発表した。
ビートルズには熱狂的ファンがついている。ウンチク本もたくさん出ている。番組に間違いがなかったか、ミスリードしていないか、いま多くの検証が入っているだろう。
■「ディスカバー」と加古隆
ビートルズに関しては、2020年4月から21年3月まで毎週日曜日夜にNHK-FMで放送された「ディスカバー・ビートルズ」を愛聴した。ことし4月から始まった続編「Ⅱ」も聴いている。
「映像の世紀」も、お気に入りテレビ番組のひとつだ。昨年11月には「映像の世紀 コンサート」を聴きに行った。映像を舞台の大画面で観ながら、作曲者の加古隆さんが自らピアノで奏でるテーマ曲を聴いた。
このテーマ曲は本当にすばらしい。あふれでる詩情、愚かさを包み込む慈しみ…。番組で流れるとぼくは「人間ってなんて崇高で、なんて愚かなんだ」と思ってしまう。
今回の番組でももちろん、随所で流れた。観る前は、ビートルズの楽曲に負けないか心配だった。杞憂だった。あの4人組の影響について総括的に語るシーンのバックに流れていたからだろう。ぼくはテーマ曲を聴きながらまた、人間の崇高さと愚かさを抱き合わせで感じていた。